【チャールトン・ヘストンを悼む】
「チャールトン・ヘストン氏死去」(asahi.comより)である。
確かに年齢的には、いつかこの日が来るであろうと思っていた。
いや、いつまでもこないで欲しいと願っていた。
何しろ私にとって映画のチャールトン・ヘストンは、落語家の
古今亭志ん朝、歌手の
テレサ・テン と並ぶか若しくはそれ以上の映画の先導者的、英雄的存在だったからである。初めて「
ベン・ハー」を観た時、映画の持つ底知れぬ魔力のようなものを感じた。それは、「
十戒」や「
エル・シド」でも、スケールを変えず、「
カーツーム」、「
北京の55日」、「
華麗なる激情」で人間の精神力の強さを知り、「
猿の惑星」や「
ソイレント・グリーン」で来るべき未来を予感させ、「ウィル・ペニー」(本ブログで紹介)、「
黒い絨氈」で人間の愛の深さを知り、・・・等々感動と与えられた影響ははかり知れない。
吹き替えでお馴染みの納谷悟朗と共に、その台詞の語りは独特のものがあった。
チャールトン・ヘストン(Charlton Heston, 1924年10月4日 - 2008年4月5日)
アメリカ合衆国・イリノイ州エヴァンストン(Evanston)出身の俳優。社会運動家。
妻は女優のリディア・クラーク、長男は映画監督のフレイザー・ヘストン。
趣味は狩猟と釣りである。
イリノイ州の中心部シカゴの北に隣接するエヴァンストンに生まれ、ノースウェスタン大学卒業後、米国陸軍に入隊第二次世界大戦には爆撃機の搭乗員として参戦していた。
退役後1950年に最初の映画に出演、『ミケランジェロの彫刻のように美しい』と称された肉体美と精悍なマスク、格調高い演技力でいくつもの名作に出演し、1959年には映画『ベン・ハー』でアカデミー主演男優賞を獲得した。
ハリウッド黄金期後期を支え、日本人にも馴染み深い大作やSF映画の主演も務めた。
1966年から1971年までは、俳優組合の会長をつとめた。
もし、この世で会いたい人に会わせてもらえるという機会があったら、恐らくは一番にチャールトン・ヘストンを望んだことだろう。
今は、それだけが心残りである。

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