NO.87「ろ」のつく元気になった邦画「路傍の石」
<元気コメント>
「たったひとりしかない自分を、たった一度しかない一生を、ほんとうに生かさなかったら 人間生まれてきたかいが ないじゃないか」
迷っていた時に、こんなにはっきりと励ます言葉を聞いていたら・・・
<あらすじ>
吾一は、卒業式の日、晴れの総代となって、優秀な成績で卒業した。
中学へ行きたい、そして大学へもゆくのだ、吾一少年の学問に対する夢は大きくふくらんだ。
しかし、酒のみで、働くことのない父をもった吾一の家庭では母のおれんの裁縫だけが唯一の収入であった。
細々とためた中学進学の費用も、東京で一旗あげるという父のためにもちだされ、吾一は中学進学をあきらめた。
呉服問屋伊勢屋から裁縫の内職をもらっていた母につれられて、吾一は、伊勢屋に奉公にいった・・・
<データ>
「路傍の石」

製作:1964年 東映
監督:家城巳代治 イエキミヨジ
原作:山本有三 ヤマモトユウゾウ 「路傍の石」

出演:池田秀一 イケダシュウイチ(吾一)
淡島千景 アワシマチカゲ(おれん)
佐藤慶 サトウケイ(庄吾)
住田知仁 (京造)
吉田守 ヨシダマモル(作次)
解説:山本有三の同名小説を家城巳代治が脚色。
「みんなわが子」
の家城巳代治が監督した文芸もの。撮影は「陸軍残虐物語」
の仲沢半次郎。「みんなわが子」:太平洋戦争末期、学童疎開の地での子供たちの苦しみ、哀しみを描くドラマ。東京目黒区の生徒と教師の学童疎開の手記を元に映画化
「陸軍残虐物語」:何故上官を殺さねばならなかったのか!私刑と暴行に乱れた帝国陸軍の知られざる実状を暴く東映戦記路線の第一弾作品
<「路傍の石」と言えば>
★『路傍の石』(ろぼうのいし)は、山本有三の代表的な小説である
1937年に『朝日新聞』に連載。翌1938年には『主婦の友』に「新篇」として連載。
しかし、当時の時代背景の影響(検閲など)もあり、1940年に山本は断筆を決意。最終的には未完に終わった。
東京帝國大学でドイツ語を専攻した山本は、当時ドイツで流行した教養小説の影響を受けてこの作品を書いたとされる。
大正期の社会主義と個人主義の対立を背景に据えていることも、重要なポイントである。
近年では、いわゆる家族機能不全(アダルトチルドレン)との関連で、一部で再び評価されつつある。
★山本有三(やまもと ゆうぞう、1887年7月27日 - 1974年1月11日)
劇作家・小説家である。本名は山本勇造。呉服商の子として、現在の栃木市に生まれる。
(浅草の呉服商に奉公)
高等小学校卒業後、父親の命で一旦東京浅草の呉服商に奉公に出されるが一度は逃げ出して故郷に戻る。
その後、母親の説得で再度東京に戻る。
正則英語学校、東京中学に通い、1908年(明治41年)東京府立一中を卒業。
一高を1年落第を経て卒業し、東京帝国大学独文学科に入る。
(戯曲『生命の冠』でデビュー)
在学中から「新思潮」創刊に参加し、卒業後、1920年、戯曲『生命の冠』でデビュー。
真実を求めてたくましく生きる人々の姿をえがいた。
一高時代落第後に同級となった菊池寛・芥川龍之介らと文芸家協会を結成し、内務省の検閲を批判する一方、著作権の確立に尽力した。
(『路傍の石』の連載中止、文化勲章受賞)
だが、昭和に入ると、1934年(昭和9年)に共産党との関係を疑われて一時逮捕されたり、『路傍の石』の連載中止に追い込まれるなど軍部の圧迫を受けた。
その一方で近衛文麿と親交(一高留年前の学年で同級)があり、1941年(昭和16年)には帝国学士院会員に選ばれるなどその立場は複雑であった。
戦後は貴族院勅撰議員に任ぜられ、国語国字問題に取り組み、「ふりがな廃止論」を展開したことで知られる。
1947年から1953年まで、参議院議員をつとめて緑風会の中心人物となり、政治家としても重きをなす一方で積極的な創作活動を行った。
1965年、文化勲章受賞。
東京都三鷹市に、山本有三記念館がある。
また、栃木県栃木市には、山本有三ふるさと記念館がある。
(『破船』事件)
漱石門下の久米正雄と仲が悪く、久米が漱石長女筆子の愛を巡って松岡譲と争ったいわゆる『破船』事件の際には、久米を陥れようと企んで、久米を女狂い・性的不能者・性病患者などと誹謗中傷する怪文書を、筆子の学友の名を騙って夏目家に送りつけた一面があった。
怪文書の筆跡は明らかに女性のものだったが、有三が起草した文章を夫人に清書させたと久米も松岡も筆子も考えていた(関口安義『評伝松岡譲』小沢書店、1991年)。
(代表作)
「生きとし生けるもの」(『朝日新聞』大正15年9月25日〜12月7日未完)
「波」(『朝日新聞』昭和3年7月20日〜11月22日)
「風」(『朝日新聞』昭和5年10月26日〜6年3月25日)
「女の一生」(『朝日新聞』昭和7年10月20日〜8年6月6日中断)
「真実一路」(『主婦之友』昭和10年1月〜11年9月)
「路傍の石」(『朝日新聞』昭和12年1月1日〜6月18日(『新編 路傍の石』は『主婦之友』昭和13年11月〜15年7月未完)) など
(文学碑)
太平山(栃木県栃木市) 「たったひとりしかない自分を、たった一度しかない一生を、ほんとうに生かさなかったら 人間生まれてきたかいが ないじゃないか」(『路傍の石』より)
その他にも栃木市内に数多くの文学碑が在る。(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
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【5/20(日)なんかありそうな話】
ふだんは人を寄せ付けないような人が売れている恋愛小説を書いているなんてなんかありそうな話ですこと。(姫)
☆☆姫さん、お便りありがとうございました。
おっしゃる通りですね。
きっとこの世のどこかにそういう方がいるのでは。
またのお便りをお待ちしております。 (映画で元気)
◇◇貴方のご覧になった他の<元気の出た映画・ドラマ>をご紹介して下さい
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【相模原さんのオススメ「レイジング・ブル」】
ボクシング映画は数々あれど、「レイジング・ブル」ほどの迫力には中々会えない。(相模原)
☆☆相模原さん、お便りありがとうございました。
実在の人物を基にしたとは思えないような展開が私も好きです。
またのお便りをお待ちしております。(映画で元気)
<データ>
「レイジング・ブル」
(Raging Bull)製作:1980年 アメリカユナイト映画配給
監督:Martin Scorsese マーティン・スコセッシ
原作:Jake LaMotta ジェイク・ラモッタ
出演:Robert De Niro ロバート・デ・ニーロ (Jake La Motta)
Cathy Moriarty キャシー・モリアーティ (Vickie)
Joe Pesci ジョー・ペシ (Joey)
Frank Vincent フランク・ヴィンセント (Salvy)
Nicholas Colasanto ニコラス・コラサント (Tommy)
解説:世界ミドル級チャンピオンの栄誉に輝き“ブロンクスの猛牛"と呼ばれた男ジェイク・ラモッタの数奇な人生の浮き沈みを彼の自伝を基に描く。
製作はアーウィン・ウィンクラーとロバート・チャートフ、監督は「ミーン・ストリート」のマーティン・スコセッシ。
ジェイク・ラモッタの自伝を基に「アメリカン・ジゴロ」の監督・脚本のポール・シュレイダーとマルディク・マーティンが脚色。
撮影はマイケル・チャップマン、音楽録音はレス・ラザロビッツ、編集はセルマ・シューメーカー、製作デザインはジーン・ルドルフ、ボクシシグ技術顧問はアル・シルバーニが各々担当。
出演はロバート・デ・ニーロ、キャシー・モリアーティ、ジョー・ペシ、・フランク・ビンセント、ニコラス・コラサンド、テレオ・サルダナ、フランク・アドニス、マリオ・ギャロなど



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