NO.21「コイサンマン」
「コイサンマン」
(ブッシュマンが差別用語ということで、
「ミラクル・ワールド ブッシュマン」(THE GODS MUST BE CRAZY)
は、「コイサンマン」(THE GODS MUST BE CRAZY)と改題)
<元気コメント>
「物を所有する」という概念がない場へ、たった一つしかない便利な物が現われたら。サバンナに溶け込むように生きてきた民族のコミカルに描かれているサバイルが明日への元気を誘ってくれます。
<あらすじ>
アフリカのカラハリ砂漠。自家用機を操縦していた白人がコーラのあきびんを窓からなげた。それを拾ったのが砂漠の住人ブッシュマン。彼らは文明とは無縁な生活を営み、ひたすら自然に親しんでいた。空を飛ぶ大きな鳥から落ちてきたそのびんをめぐって、部落ではちょっとした騒ぎが持ち上がり、それを拾ったブッシュマンのカイ(ニカウ)が、結局、それを“世界のはて"に捨てることになり、彼は、家族と別れを惜しみ、長い旅に出た。一方、大都会では、女性ジャーナリストのケイト(サンドラ・プリンスルー)が失恋し、気分をまぎらすためにカラハリ砂漠の宣教所に教師として就職することになる。到着した彼女を迎えに来たのは、微生物学者のスタイン(マイケル・サイス)。彼は宣教師に頼まれてやってきたのだ。しかし、スタインは、ケイトを見るとたちまち気に入ってしまいドジばかりふむ始末。一方、旅を続けているカイは、食糧用に捕えたヤギが原因で監獄につながれるが、それをスタインたちに救われた。そのころ、近くの国では政府首脳部を襲撃するテロ事件が発生し、そのテロリストたちが逃亡して宣教所にやって来ていた。ボハ(ルー・ヴァーウェイ)をリーダーとする彼らは、ケイトと生徒たちを人質として高原地帯を進んでいた。ちょうどその場を通っていたスタインやカイらは、一案を考じ、カイが女生徒にまぎれこみ、テロリストらを眠り薬のついた針で眠らせた。奮戦の末、遂にスタインたちは勝利をおさめ、テロリストらは逮捕された。友人たちに別れを告げると、カイは使命を果たすため、“世界のはて"に向った。そして遂に数メートルの断崖に到着した。その神の国と呼ばれる崖こそ、彼らの意味する“世界のはて"で、びんを捨てるとカイは家族の待つカラハリ砂漠ヘと戻っていくのだった。
<データ>
「コイサンマン」
製作:1981年 南アフリカ 東宝東和配給
監督:ジャミー・ユイス(Jamie Uys)
出演:ニカウ(Nixau)−Xi
カボ(Xabo)−Xabo)
タニ(Thani)−Thani
トマ(Thoma)−Thoma
サンドラ・プリンスルー(Sandra Prinsloo)−Kate
・南アフリカ・ボツワナ共和国の砂漠に居住する地球最古の人類と呼ばれるブッシュマンの生活を描く。製作総指揮はボート・トロスキー、製作・監督・脚本はジャミー・ユイス、撮影はバスター・レイノルズ、音楽はジョン・ボショフ、動物調教はヴィヴ・ブリストウとジャック・シールが各々担当。出演はニカウ、カボ、タニ、トマ、サンドラ・プリンスルー、マイケル・サイス、ルー・ヴァーウェイなど。
↓「コイサンマン」のDVD購入
↓「コイサンマン2」のDVD購入
↓「コイサンマン」のDVDレンタル


↓「コイサンマン2」のDVDレンタル


参考:映画「ブッシュマン」の舞台=(アフリカ南部・カラハリ砂漠)
主役を演じたニカウさんは、カラハリ砂漠でスカウトされた本物のブッシュマン。プロデューサーのブト・トラスキー氏は「ホテルで照明器具を見たニカウさんは、なぜ太陽がこんなに小さいのかと困惑していた」と振り返る。ニカウさんの戸惑いは、演技ではなかったのだ。だが、映画はブッシュマンの悲惨な歴史を伝えてはいない。1万〜2万年前からアフリカ南部に散在したといわれるブッシュマンは、後からアフリカ南部にやって来た黒人や白人に土地を追われ、今では主にカラハリ砂漠一帯に約10万人が残るだけだ。舌をうちつける独特な発音が特徴の言語も消滅しつつある。
(「YOMUYRI ONLINE 世界の旅」より引用)
参考:ブッシュマンの国−ボツワナ
サン族と呼ばれる民族がいる。彼らは俗に言うブッシュマンだが、サン族自らの呼称はコイサンである。映画「ブッシュマン」が「コイサンマン」に改題した顛末は記憶されるべきだが、ここでは、敬愛の意味をこめて敢えてブッシュマンと呼びたい。ブッシュマンは、コンゴのピグミーに次ぐアフリカ第二の土着狩猟民族である。文化化や民族間の結婚によって、彼らの文化は変化し、今では、約 3000 が伝統的な狩猟生活をしているに過ぎない。多くは衣服を着て、観光や出稼ぎによって収入を得ている。過去の文化は、ロックペインティングや彼らの唄に残されている。大量のロックペインティングが残された Tsodilo Hills は世界遺産にも指定されている。
( 「J's Travel&Music Page ボツワナ」より引用)
◆◆この映画をご覧になった方は感想をお寄せ下さい
↓お寄せ頂いたお便りです。
【2/14(火)に彼と見ました】
「バレンタイン・デーに「好色一代男」を彼と二人で見るなんてよっぽど変ったカップルだと思われそう。はーい、でも提案したのはわたしー。でもよかったー。遊女とかには、言葉に抵抗があったけど、これだけ女性に尽くす男性は最高、えへっ、いえ、2番目です」(名古屋 塩田)
☆☆ 塩田様お便りありがとうございました。いいバレンタイン・デーだったようですね。塩田様のオススメ映画がありましたらまたお便りお願いします。(主宰 映画で元気)
◇◇貴方のご覧になった他の<元気の出た映画・ドラマ>をご紹介して下さい
↓お寄せ頂いたお便りです。
【熊谷さんのオススメ映画「荒野の七人」】
「そろそろ「コ」だと思いますが、やっぱし「荒野の七人」が見逃せません。西部劇らしいガンアクションよりも、個性豊な七人のそれぞれの思いが描かれているシーンが好きです」(大田 熊谷)
☆☆ お便りありがとうございました。確かにガンマンとして絶えず狙い、狙われるという中で生き残ってきた各人の個性が光る作品でしたね。またのオススメ映画をお待ちしております。(主宰 映画で元気)
「荒野の七人」
製作:1960年、 アメリカ、シネカノン配給
監督:ジョン・スタージェス(John Sturges)
出演:ユル・ブリンナー(Yul Brynner)−クリス
スティーヴ・マックィーン(Steve McQueen)−ヴィン
チャールズ・ブロンソン(Charles Bronson)−オライリー
ジェームズ・コバーン(James Coburn)−ブリット
ロバート・ヴォーン(Robert Vaughn)−リー
ホルスト・ブッフホルツ(Horst Buchholz)−チコ
ブラッド・デクスター(Brad Dexter)−ハリー
イーライ・ウォラック(Eli Wallach)−カルヴェラ
ウラジミール・ソコロフ(Vladimir Sokoloff)−老人
ロゼンダ・モンテロス(Rosenda Monteros)−ペトラ
解説:メキシコの小さな村で暮らす住民たちは、野盗のカルヴェラに収穫を奪われ、飢えに苦しんでいた。村人たちは財産をかき集め、アメリカ国境へガンマンを雇いに出かける。話を聞いた早撃ちのクリス(ユル・ブリンナー)は、たった20ドルでこの仕事を引き受けた。流れ者のヴィン(スティーブ・マックイーン)をはじめ、腕の立つ6人に無鉄砲な若者チコが加わり、7人となった用心棒たちは、村人に銃の使い方を教え、カルヴェラとの銃撃戦に挑む。西部劇の傑作、ハリウッド映画の伝説といわれた『荒野の七人』が、ニュープリントで甦る。日本で初めて公開されたのが1961年。その後70年代に2度リバイバルされて以来、30年ぶりの登場となった。ストーリーは黒澤明監督の『七人の侍』をベースに作られ、西部劇ならではの銃裁きと、銃に生きる男たちの悲しみを描いていく。主演は、今は亡き大スター、ユル・ブリンナーとスティーブ・マックイーン (goo映画案内より)
↓「荒野の七人」のDVD購入
↓「荒野の七人」のDVDレンタル

(ブッシュマンが差別用語ということで、
「ミラクル・ワールド ブッシュマン」(THE GODS MUST BE CRAZY)
は、「コイサンマン」(THE GODS MUST BE CRAZY)と改題)
<元気コメント>
「物を所有する」という概念がない場へ、たった一つしかない便利な物が現われたら。サバンナに溶け込むように生きてきた民族のコミカルに描かれているサバイルが明日への元気を誘ってくれます。
<あらすじ>
アフリカのカラハリ砂漠。自家用機を操縦していた白人がコーラのあきびんを窓からなげた。それを拾ったのが砂漠の住人ブッシュマン。彼らは文明とは無縁な生活を営み、ひたすら自然に親しんでいた。空を飛ぶ大きな鳥から落ちてきたそのびんをめぐって、部落ではちょっとした騒ぎが持ち上がり、それを拾ったブッシュマンのカイ(ニカウ)が、結局、それを“世界のはて"に捨てることになり、彼は、家族と別れを惜しみ、長い旅に出た。一方、大都会では、女性ジャーナリストのケイト(サンドラ・プリンスルー)が失恋し、気分をまぎらすためにカラハリ砂漠の宣教所に教師として就職することになる。到着した彼女を迎えに来たのは、微生物学者のスタイン(マイケル・サイス)。彼は宣教師に頼まれてやってきたのだ。しかし、スタインは、ケイトを見るとたちまち気に入ってしまいドジばかりふむ始末。一方、旅を続けているカイは、食糧用に捕えたヤギが原因で監獄につながれるが、それをスタインたちに救われた。そのころ、近くの国では政府首脳部を襲撃するテロ事件が発生し、そのテロリストたちが逃亡して宣教所にやって来ていた。ボハ(ルー・ヴァーウェイ)をリーダーとする彼らは、ケイトと生徒たちを人質として高原地帯を進んでいた。ちょうどその場を通っていたスタインやカイらは、一案を考じ、カイが女生徒にまぎれこみ、テロリストらを眠り薬のついた針で眠らせた。奮戦の末、遂にスタインたちは勝利をおさめ、テロリストらは逮捕された。友人たちに別れを告げると、カイは使命を果たすため、“世界のはて"に向った。そして遂に数メートルの断崖に到着した。その神の国と呼ばれる崖こそ、彼らの意味する“世界のはて"で、びんを捨てるとカイは家族の待つカラハリ砂漠ヘと戻っていくのだった。
<データ>
「コイサンマン」
製作:1981年 南アフリカ 東宝東和配給
監督:ジャミー・ユイス(Jamie Uys)
出演:ニカウ(Nixau)−Xi
カボ(Xabo)−Xabo)
タニ(Thani)−Thani
トマ(Thoma)−Thoma
サンドラ・プリンスルー(Sandra Prinsloo)−Kate
・南アフリカ・ボツワナ共和国の砂漠に居住する地球最古の人類と呼ばれるブッシュマンの生活を描く。製作総指揮はボート・トロスキー、製作・監督・脚本はジャミー・ユイス、撮影はバスター・レイノルズ、音楽はジョン・ボショフ、動物調教はヴィヴ・ブリストウとジャック・シールが各々担当。出演はニカウ、カボ、タニ、トマ、サンドラ・プリンスルー、マイケル・サイス、ルー・ヴァーウェイなど。
↓「コイサンマン」のDVD購入
↓「コイサンマン2」のDVD購入
↓「コイサンマン」のDVDレンタル

↓「コイサンマン2」のDVDレンタル

参考:映画「ブッシュマン」の舞台=(アフリカ南部・カラハリ砂漠)
主役を演じたニカウさんは、カラハリ砂漠でスカウトされた本物のブッシュマン。プロデューサーのブト・トラスキー氏は「ホテルで照明器具を見たニカウさんは、なぜ太陽がこんなに小さいのかと困惑していた」と振り返る。ニカウさんの戸惑いは、演技ではなかったのだ。だが、映画はブッシュマンの悲惨な歴史を伝えてはいない。1万〜2万年前からアフリカ南部に散在したといわれるブッシュマンは、後からアフリカ南部にやって来た黒人や白人に土地を追われ、今では主にカラハリ砂漠一帯に約10万人が残るだけだ。舌をうちつける独特な発音が特徴の言語も消滅しつつある。
(「YOMUYRI ONLINE 世界の旅」より引用)
参考:ブッシュマンの国−ボツワナ
サン族と呼ばれる民族がいる。彼らは俗に言うブッシュマンだが、サン族自らの呼称はコイサンである。映画「ブッシュマン」が「コイサンマン」に改題した顛末は記憶されるべきだが、ここでは、敬愛の意味をこめて敢えてブッシュマンと呼びたい。ブッシュマンは、コンゴのピグミーに次ぐアフリカ第二の土着狩猟民族である。文化化や民族間の結婚によって、彼らの文化は変化し、今では、約 3000 が伝統的な狩猟生活をしているに過ぎない。多くは衣服を着て、観光や出稼ぎによって収入を得ている。過去の文化は、ロックペインティングや彼らの唄に残されている。大量のロックペインティングが残された Tsodilo Hills は世界遺産にも指定されている。
( 「J's Travel&Music Page ボツワナ」より引用)
◆◆この映画をご覧になった方は感想をお寄せ下さい
↓お寄せ頂いたお便りです。
【2/14(火)に彼と見ました】
「バレンタイン・デーに「好色一代男」を彼と二人で見るなんてよっぽど変ったカップルだと思われそう。はーい、でも提案したのはわたしー。でもよかったー。遊女とかには、言葉に抵抗があったけど、これだけ女性に尽くす男性は最高、えへっ、いえ、2番目です」(名古屋 塩田)
☆☆ 塩田様お便りありがとうございました。いいバレンタイン・デーだったようですね。塩田様のオススメ映画がありましたらまたお便りお願いします。(主宰 映画で元気)
◇◇貴方のご覧になった他の<元気の出た映画・ドラマ>をご紹介して下さい
↓お寄せ頂いたお便りです。
【熊谷さんのオススメ映画「荒野の七人」】
「そろそろ「コ」だと思いますが、やっぱし「荒野の七人」が見逃せません。西部劇らしいガンアクションよりも、個性豊な七人のそれぞれの思いが描かれているシーンが好きです」(大田 熊谷)
☆☆ お便りありがとうございました。確かにガンマンとして絶えず狙い、狙われるという中で生き残ってきた各人の個性が光る作品でしたね。またのオススメ映画をお待ちしております。(主宰 映画で元気)
「荒野の七人」
製作:1960年、 アメリカ、シネカノン配給
監督:ジョン・スタージェス(John Sturges)
出演:ユル・ブリンナー(Yul Brynner)−クリス
スティーヴ・マックィーン(Steve McQueen)−ヴィン
チャールズ・ブロンソン(Charles Bronson)−オライリー
ジェームズ・コバーン(James Coburn)−ブリット
ロバート・ヴォーン(Robert Vaughn)−リー
ホルスト・ブッフホルツ(Horst Buchholz)−チコ
ブラッド・デクスター(Brad Dexter)−ハリー
イーライ・ウォラック(Eli Wallach)−カルヴェラ
ウラジミール・ソコロフ(Vladimir Sokoloff)−老人
ロゼンダ・モンテロス(Rosenda Monteros)−ペトラ
解説:メキシコの小さな村で暮らす住民たちは、野盗のカルヴェラに収穫を奪われ、飢えに苦しんでいた。村人たちは財産をかき集め、アメリカ国境へガンマンを雇いに出かける。話を聞いた早撃ちのクリス(ユル・ブリンナー)は、たった20ドルでこの仕事を引き受けた。流れ者のヴィン(スティーブ・マックイーン)をはじめ、腕の立つ6人に無鉄砲な若者チコが加わり、7人となった用心棒たちは、村人に銃の使い方を教え、カルヴェラとの銃撃戦に挑む。西部劇の傑作、ハリウッド映画の伝説といわれた『荒野の七人』が、ニュープリントで甦る。日本で初めて公開されたのが1961年。その後70年代に2度リバイバルされて以来、30年ぶりの登場となった。ストーリーは黒澤明監督の『七人の侍』をベースに作られ、西部劇ならではの銃裁きと、銃に生きる男たちの悲しみを描いていく。主演は、今は亡き大スター、ユル・ブリンナーとスティーブ・マックイーン (goo映画案内より)
↓「荒野の七人」のDVD購入
↓「荒野の七人」のDVDレンタル

NO.20「好色一代男」
「好色一代男」 (こうしょくいちだいおとこ)
<元気コメント>
「好色」というよりも、権力や財産に媚びず、女性をいとおしむという言葉の方があっています。とても見習えそうありませんがその自由奔放さに元気がでます。
<あらすじ>
但馬屋の伜世之介は父親夢介の心配をよそに、数々の女遊びに夢中だった。特に遊女吉野太夫とは起請文を交すほどの深い仲。あまりの伜の放蕩にたまりかねた夢介は、豪商春日屋の娘お園との縁組を進めるが、お園にも意中の男があるのを知った世之介はそれをぶちこわしてしまう。ついに世之介は勘当代りに江戸の出店へ修業に出された。だが彼は江戸に着くや支配人をだましてのしたいほうだい。通人月夜の利佐の手引で吉原一の高尾太夫に会うが、利佐と高尾の愛情を知って気前よく身請けしてやる。ついに世之介は勘当を申渡された。申訳にもと頭を丸めた世之介だったが、寺でも彼の浮気はおさまらず、寺を追放される破目となる。その世之介を慰めるのは色比丘尼であった。世の中のがめつさをいやというほど知らされた世之介は流れ流れて北国の漁師町へ。網元の妾のお町にいい寄るとお町はころりと参ってしまう。だが駆落ちをはかった二人は、たちまち追手に捕えられ、世之介は半殺しの目に会った。それから数年、今は私娼のヒモになり下がった世之介は田舎大尽のお供で旅から旅へ。今は姥桜の吉野太夫と再会したものの遊女のまことは金だとあしらわれ世之介は唖然とする。久しぶりに両親に会おうと但馬屋の前に来ると、父親が臨終のまぎわ。夢介から三つの遺言を申渡された世之介だったが、彼はニベもなくはねつける。このショックで両親は相ついで死んでいった。今や但馬屋の当主となった世之介は思うがままの女遊び。評判の夕霧太夫を大金をつんで自分のものにしようとする。この世之介の放蕩ぶりに役所は冥加金を申しつけるが、彼はそれをハネつける。ために但馬屋は財産没収。いち早くそれを知った世之介は夕霧と共に日本脱出をはかるが、途中役人に襲われ、夕霧は亡くなった。どうしようもない怒りを矢に向ってぶちまけた世之介は、好色丸に乗り、波のユートピアに向って船出するのだった。
(goo映画案内より)
<データ>
「好色一代男」
製作:1961年 大映
監督:増村保造(マスムラヤスゾウ)
原作:井原西鶴
出演:市川雷蔵(イチカワライゾウ)−世之助
若尾文子(ワカオアヤコ)−夕霧太夫
中村玉緒(ナカムラタマオ)−お町
船越英二(フナコシエイジ)−月夜の利佐
水谷良重(ミズタニヨシエ)−吉野太夫
・ 元禄期を背景に世之介の女体遍歴を描いた井原西鶴の「好色一代男」の映画化で、「お姐ちゃんはツイてるぜ」の白坂依志夫が脚色し「恋にいのちを」の増村保造が監督した。撮影は「手錠にかけた恋」の村井博
↓「好色一代男」のビデオ購入
原作本
「好色一代男」 著:井原 西鶴
↓「好色一代男」の原作本購入
「好色一代男」著:井原 西鶴 校訂:横山 重 岩波文庫 ISBN: 4003020413
↓「好色一代男」の原作本購入
「好色一代男」著:井原 西鶴 訳:吉行 淳之介 中公文庫ISBN: 4122011515
参考:井原西鶴(いはら さいかく)
本名平山藤五(ひらやま とうご)、男性、1642年(寛永19年) - 1693年9月9日(元禄6年8月10日))は、江戸時代の浮世草子・人形浄瑠璃作者、俳人。別号は鶴永、二万翁。晩年名乗った西鵬は、時の5代将軍徳川綱吉が娘鶴姫を溺愛するあまり出した「鶴字法度」(庶民の鶴の字の使用禁止)に因む。
大坂の裕福な町人の出と言われているが、詳細はわかっていない。早くから家業を離れて文芸を志し、青年時代から俳諧を学んだことが知られている。晩年の生活は困窮した。52歳で没した。
1682年(天和2年)に『好色一代男』を書いてから、雅俗折衷の文体で浮世草子と呼ばれるジャンルで名作を多く残した。西鶴の浮世草子は、「町人物」「好色物」「武家物」に分けられる。
西鶴の文体は簡潔でしばしば難解だと言われるが、多くを語らない俳諧の影響だという説もある。またその難解な文章を理解できるだけの、知識と好奇心のある成熟した読者がいたことが前提になっていると指摘される。
作品リスト
好色物
『好色一代男』、『好色二代男』(諸艶大鏡)、『好色五人女』、『好色一代女』、『西鶴置土産』、『男色大鑑』(本朝若風俗)
武家物
『武道伝来記』、『武家義理物語』、『新可笑記』
町人物
『日本永代蔵』、『世間胸算用』、『西鶴織留』
雑話物
『西鶴諸国ばなし』、『本朝二十不孝』、『本朝桜陰比事』、『西鶴大矢数』、『西鶴俗つれづれ』、『万の文反古(よろづのふみほうぐ)』、『西鶴名残の友』
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)
参考:市川雷蔵(イチカワライゾウ)
(1931年8月29日 - 1969年7月17日)は日本の歌舞伎役者、映画俳優。映画史上最高の時代劇スターと謳われる。
京都市堀川丸太町で亀崎松太郎、富久の間に亀崎章雄として生まれる。生後6ヶ月で竹内嘉三(市川九団次)養子となり、竹内嘉男と改名。旧制天王寺中学(現大阪府立天王寺高等学校)を中退し、15歳で大阪歌舞伎座、東西合同大歌舞伎「中山七里(娘 お花)」で初舞台。芸名、市川莚蔵。
19歳で八代目市川雷蔵襲名。22歳で歌舞伎をやめ、「花の白虎隊」で映画デビュー。「朱雀門」で東南アジア映画祭ゴールデン・ハーベスト賞受賞。大映映画の屋台骨を支える大スターとして活躍。
1969年肝臓ガンのため37歳の若さで夭折。大映は客離れが進み1971年に倒産。死後も時代を超え人々を魅了しつづけ、京都では毎年夏に市川雷蔵映画祭が開催されている。
1959年1月『炎上』でキネマ旬報主演男優賞受賞
2月『炎上』『弁天小僧』でブルーリボン主演男優賞、NHK映画最優秀主演男優賞受賞
9月『炎上』の演技により、イタリアの映画誌『シネマ・ヌオボ』で最優秀男優賞受賞
1964年11月『剣』で京都市民映画祭主演男優賞受賞
1967年2月『華岡青洲の妻』でNHK映画最優秀男優賞受賞
『華岡青洲の妻』でキネマ旬報主演男優賞受賞
1968年11月『華岡青洲の妻』で京都市民映画祭主演男優賞受賞
1969年11月京都市民映画祭マキノ省三賞受賞
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)
◆◆この映画をご覧になった方は感想をお寄せ下さい
↓NO.19「K−9友情に輝く星」をご覧になった方からのお便りです
【以前テレビで見ました】
「以前テレビで見て、シェパードと人間の警官と言う組み合せに笑った記憶があります。DVDにもなっていたし、こんなにシリーズ化されているとは思いませんでした。それにネットでレンタルできるとは知りませんでした。これはこれからも多いに活用したいです」 (博多 小川)
☆☆小川様お便りありがとうございました。私もこの作品は最初テレビで見たと思います。ネットでレンタルは、近くにレンタルショップがない場合は便利ですね。小川様のオススメ映画がありましたらまたお便りお願いします。 (主宰 映画で元気)
◇◇貴方のご覧になった他の<元気の出た映画・ドラマ>をご紹介して下さい
↓お寄せ頂いたお便りです。
【千葉のトラさんのオススメ映画「ゲッタウェイ」】
「ケがつくので思い出すのはゲッタウェイです。それもスティーブ・マックィーンとアリ・マックグローのコンビ版が好きです。アウトローにしても、見ているだけで爽快な気分になれます」(千葉 トラ)
☆☆お便りありがとうございました。テンポのいい感じで、「元気」が頂けそうな映画ですね。二人のキス・シーンは絶妙だったと記憶しています。またのお便りをお待ちしております。 (主宰 映画で元気)
「ゲッタウェイ」
製作:1972年、 アメリカ、東和配給
監督:サム・ペキンパー( Sam Peckinpah )
出演:スティーヴ・マックイーン(Steve McQueen)−Doc_McCoy
アリ・マッグロー(Ali MacGraw)− Carol_McCoy
ベン・ジョンソン(Ben Johnson)−Jack_Beynon
サリー・ストラザーズ(Sally Struthers)−Fran_Clinton
アル・レッティエリ(Al Lettieri)−Rudy_Butler
解説:「ワイルドバンチ」「わらの犬」などの作品でバイオレンスの真髄を鮮明に捕らえたサム・ペキンパーが、「ジュニア・ボナー 華麗なる挑戦」に続いて再びスティーヴ・マックィーンとコンビを組み、組織に追
われる男と女が必死で逃亡する姿を描く。製作はデビッド、フォスター、ミッチェル・プロウアー、脚色は「生き残るヤツ」のウォルター・ヒル、原作はジム・トンプソンの同名小説。撮影はルシエン・バラード
、音楽はクインシー・ジョーンズ、編集はロバート・L・ウォルフが各々担当。出演はスティーヴ・マックィーン、アリ・マックグロー、ベン・ジョンソン、サリー・ストラザーズ、アル・レッティエリ、ボー・ホプキンス、ジョ
ン・ブライソンなど。 (goo映画案内より)
↓「ゲッタウェイ」のDVD購入
↓「ゲッタウェイ」のDVDレンタル


<元気コメント>
「好色」というよりも、権力や財産に媚びず、女性をいとおしむという言葉の方があっています。とても見習えそうありませんがその自由奔放さに元気がでます。
<あらすじ>
但馬屋の伜世之介は父親夢介の心配をよそに、数々の女遊びに夢中だった。特に遊女吉野太夫とは起請文を交すほどの深い仲。あまりの伜の放蕩にたまりかねた夢介は、豪商春日屋の娘お園との縁組を進めるが、お園にも意中の男があるのを知った世之介はそれをぶちこわしてしまう。ついに世之介は勘当代りに江戸の出店へ修業に出された。だが彼は江戸に着くや支配人をだましてのしたいほうだい。通人月夜の利佐の手引で吉原一の高尾太夫に会うが、利佐と高尾の愛情を知って気前よく身請けしてやる。ついに世之介は勘当を申渡された。申訳にもと頭を丸めた世之介だったが、寺でも彼の浮気はおさまらず、寺を追放される破目となる。その世之介を慰めるのは色比丘尼であった。世の中のがめつさをいやというほど知らされた世之介は流れ流れて北国の漁師町へ。網元の妾のお町にいい寄るとお町はころりと参ってしまう。だが駆落ちをはかった二人は、たちまち追手に捕えられ、世之介は半殺しの目に会った。それから数年、今は私娼のヒモになり下がった世之介は田舎大尽のお供で旅から旅へ。今は姥桜の吉野太夫と再会したものの遊女のまことは金だとあしらわれ世之介は唖然とする。久しぶりに両親に会おうと但馬屋の前に来ると、父親が臨終のまぎわ。夢介から三つの遺言を申渡された世之介だったが、彼はニベもなくはねつける。このショックで両親は相ついで死んでいった。今や但馬屋の当主となった世之介は思うがままの女遊び。評判の夕霧太夫を大金をつんで自分のものにしようとする。この世之介の放蕩ぶりに役所は冥加金を申しつけるが、彼はそれをハネつける。ために但馬屋は財産没収。いち早くそれを知った世之介は夕霧と共に日本脱出をはかるが、途中役人に襲われ、夕霧は亡くなった。どうしようもない怒りを矢に向ってぶちまけた世之介は、好色丸に乗り、波のユートピアに向って船出するのだった。
(goo映画案内より)
<データ>
「好色一代男」
製作:1961年 大映
監督:増村保造(マスムラヤスゾウ)
原作:井原西鶴
出演:市川雷蔵(イチカワライゾウ)−世之助
若尾文子(ワカオアヤコ)−夕霧太夫
中村玉緒(ナカムラタマオ)−お町
船越英二(フナコシエイジ)−月夜の利佐
水谷良重(ミズタニヨシエ)−吉野太夫
・ 元禄期を背景に世之介の女体遍歴を描いた井原西鶴の「好色一代男」の映画化で、「お姐ちゃんはツイてるぜ」の白坂依志夫が脚色し「恋にいのちを」の増村保造が監督した。撮影は「手錠にかけた恋」の村井博
↓「好色一代男」のビデオ購入
原作本
「好色一代男」 著:井原 西鶴
↓「好色一代男」の原作本購入
「好色一代男」著:井原 西鶴 校訂:横山 重 岩波文庫 ISBN: 4003020413
↓「好色一代男」の原作本購入
「好色一代男」著:井原 西鶴 訳:吉行 淳之介 中公文庫ISBN: 4122011515
参考:井原西鶴(いはら さいかく)
本名平山藤五(ひらやま とうご)、男性、1642年(寛永19年) - 1693年9月9日(元禄6年8月10日))は、江戸時代の浮世草子・人形浄瑠璃作者、俳人。別号は鶴永、二万翁。晩年名乗った西鵬は、時の5代将軍徳川綱吉が娘鶴姫を溺愛するあまり出した「鶴字法度」(庶民の鶴の字の使用禁止)に因む。
大坂の裕福な町人の出と言われているが、詳細はわかっていない。早くから家業を離れて文芸を志し、青年時代から俳諧を学んだことが知られている。晩年の生活は困窮した。52歳で没した。
1682年(天和2年)に『好色一代男』を書いてから、雅俗折衷の文体で浮世草子と呼ばれるジャンルで名作を多く残した。西鶴の浮世草子は、「町人物」「好色物」「武家物」に分けられる。
西鶴の文体は簡潔でしばしば難解だと言われるが、多くを語らない俳諧の影響だという説もある。またその難解な文章を理解できるだけの、知識と好奇心のある成熟した読者がいたことが前提になっていると指摘される。
作品リスト
好色物
『好色一代男』、『好色二代男』(諸艶大鏡)、『好色五人女』、『好色一代女』、『西鶴置土産』、『男色大鑑』(本朝若風俗)
武家物
『武道伝来記』、『武家義理物語』、『新可笑記』
町人物
『日本永代蔵』、『世間胸算用』、『西鶴織留』
雑話物
『西鶴諸国ばなし』、『本朝二十不孝』、『本朝桜陰比事』、『西鶴大矢数』、『西鶴俗つれづれ』、『万の文反古(よろづのふみほうぐ)』、『西鶴名残の友』
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)
参考:市川雷蔵(イチカワライゾウ)
(1931年8月29日 - 1969年7月17日)は日本の歌舞伎役者、映画俳優。映画史上最高の時代劇スターと謳われる。
京都市堀川丸太町で亀崎松太郎、富久の間に亀崎章雄として生まれる。生後6ヶ月で竹内嘉三(市川九団次)養子となり、竹内嘉男と改名。旧制天王寺中学(現大阪府立天王寺高等学校)を中退し、15歳で大阪歌舞伎座、東西合同大歌舞伎「中山七里(娘 お花)」で初舞台。芸名、市川莚蔵。
19歳で八代目市川雷蔵襲名。22歳で歌舞伎をやめ、「花の白虎隊」で映画デビュー。「朱雀門」で東南アジア映画祭ゴールデン・ハーベスト賞受賞。大映映画の屋台骨を支える大スターとして活躍。
1969年肝臓ガンのため37歳の若さで夭折。大映は客離れが進み1971年に倒産。死後も時代を超え人々を魅了しつづけ、京都では毎年夏に市川雷蔵映画祭が開催されている。
1959年1月『炎上』でキネマ旬報主演男優賞受賞
2月『炎上』『弁天小僧』でブルーリボン主演男優賞、NHK映画最優秀主演男優賞受賞
9月『炎上』の演技により、イタリアの映画誌『シネマ・ヌオボ』で最優秀男優賞受賞
1964年11月『剣』で京都市民映画祭主演男優賞受賞
1967年2月『華岡青洲の妻』でNHK映画最優秀男優賞受賞
『華岡青洲の妻』でキネマ旬報主演男優賞受賞
1968年11月『華岡青洲の妻』で京都市民映画祭主演男優賞受賞
1969年11月京都市民映画祭マキノ省三賞受賞
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)
◆◆この映画をご覧になった方は感想をお寄せ下さい
↓NO.19「K−9友情に輝く星」をご覧になった方からのお便りです
【以前テレビで見ました】
「以前テレビで見て、シェパードと人間の警官と言う組み合せに笑った記憶があります。DVDにもなっていたし、こんなにシリーズ化されているとは思いませんでした。それにネットでレンタルできるとは知りませんでした。これはこれからも多いに活用したいです」 (博多 小川)
☆☆小川様お便りありがとうございました。私もこの作品は最初テレビで見たと思います。ネットでレンタルは、近くにレンタルショップがない場合は便利ですね。小川様のオススメ映画がありましたらまたお便りお願いします。 (主宰 映画で元気)
◇◇貴方のご覧になった他の<元気の出た映画・ドラマ>をご紹介して下さい
↓お寄せ頂いたお便りです。
【千葉のトラさんのオススメ映画「ゲッタウェイ」】
「ケがつくので思い出すのはゲッタウェイです。それもスティーブ・マックィーンとアリ・マックグローのコンビ版が好きです。アウトローにしても、見ているだけで爽快な気分になれます」(千葉 トラ)
☆☆お便りありがとうございました。テンポのいい感じで、「元気」が頂けそうな映画ですね。二人のキス・シーンは絶妙だったと記憶しています。またのお便りをお待ちしております。 (主宰 映画で元気)
「ゲッタウェイ」
製作:1972年、 アメリカ、東和配給
監督:サム・ペキンパー( Sam Peckinpah )
出演:スティーヴ・マックイーン(Steve McQueen)−Doc_McCoy
アリ・マッグロー(Ali MacGraw)− Carol_McCoy
ベン・ジョンソン(Ben Johnson)−Jack_Beynon
サリー・ストラザーズ(Sally Struthers)−Fran_Clinton
アル・レッティエリ(Al Lettieri)−Rudy_Butler
解説:「ワイルドバンチ」「わらの犬」などの作品でバイオレンスの真髄を鮮明に捕らえたサム・ペキンパーが、「ジュニア・ボナー 華麗なる挑戦」に続いて再びスティーヴ・マックィーンとコンビを組み、組織に追
われる男と女が必死で逃亡する姿を描く。製作はデビッド、フォスター、ミッチェル・プロウアー、脚色は「生き残るヤツ」のウォルター・ヒル、原作はジム・トンプソンの同名小説。撮影はルシエン・バラード
、音楽はクインシー・ジョーンズ、編集はロバート・L・ウォルフが各々担当。出演はスティーヴ・マックィーン、アリ・マックグロー、ベン・ジョンソン、サリー・ストラザーズ、アル・レッティエリ、ボー・ホプキンス、ジョ
ン・ブライソンなど。 (goo映画案内より)
↓「ゲッタウェイ」のDVD購入
↓「ゲッタウェイ」のDVDレンタル

NO.19「K−9友情に輝く星」
「K−9友情に輝く星」(けーないん/ゆうじょうにかがやくほし)
<元気コメント>
型破りな人間が、同じく型破りな犬と、いつのまにか心を交わしよき相棒となっていく。犬は時としてペット以上の存在となる。そして動物と心を通わすことができたと思うと、なぜかほっとして元気になるから不思議だ。
<あらすじ>
サンディエゴ警察の麻薬取締官のトーマス・ドゥーリー刑事(ジェームズ・ベルーシ)は、5千万ドルの麻薬を動かす密売人のライマン(ケヴィン・タイ)を追っていた。パートナーを持たないことで上司のバイヤーズ(ジェームズ・ハンディ)からも疎まれる彼は、ライマンの組織の一員であるフレディを捕まえ、港の倉庫に麻薬が入荷されることを知る。彼はブラニガン警部補(エド・オニール)に麻薬捜査犬を貸してくれるように頼み、ジェリー・リーという犬をパートナーとして得る。港でドゥーリーはジェリー・リーの活躍によって、ギリアム(コッター・スミス)という男が麻薬の買人であることをつきとめる。事ここに至って、ドゥーリーはライマンの組織に命を狙われ、そして遂に彼の恋人トレーシー(メル・ハリス)が誘拐されてしまう。ライマンとギリアムの麻薬取り引き場所へと向ったドゥーリーとジェリー・リーは、何とか無事トレーシーを取り戻したものの、激しい銃撃戦の中で、ジェリー・リーが敵の銃弾に倒れる。そして怒りに燃えたドゥーリーはヘリコプターで逃げようとするライマンを倒すのに成功する。一方ジェリー・リーは手術室に運び込まれ、幸い一命を取りとめるのだった。(goo映画案内より)
<データ>
「K−9友情に輝く星」
製作:1988年 アメリカ ユニヴァーサル=UIP配給
監督: ロッド・ダニエル(Rod Daniel)
出演:ジェームズ・ベルーシ(James Belushi)−Dooley
メル・ハリス(Mel Harris)−Tracy
ケヴィン・タイ(Kevin Tighe)− Lyman
エド・オニール(Ed O'Neill)−Branningan
ジェームズ・ハンディ(James Handy)−Byers
・サンディエゴを舞台に、ひとりの刑事と一匹の麻薬捜査犬の、友情と活躍をコミカルに描く刑事アクション。製作は、ローレンス・ゴードンとチャールズ・ゴードン、監督は「ハモンド家の秘密」のロッド・ダニエル、脚本はスティーヴン・シーゲルとスコット・マイヤーズの共同、撮影はディーン・セムラー、音楽はマイルス・グッドマンが担当。出演はジェームズ・ベルーシ、メル・ハリスほか
尚、続編とでもいうべき作品が以下の通り2本ある。
K−911 やっぱり俺たち最強コンビ(K−911)2000年製作
K−9 はみだしコンビ大復活!(K−9:P.I.)2002年製作
↓「K−9/友情に輝く星」のDVD購入
↓「K−9/友情に輝く星」のDVDレンタル


参考:ジェームズ・ベルーシ
故ジョン・ベルーシの弟。南イリノイ大学で弁論と演劇を専攻。兄と同じくセカンド・シティ劇団に入り修行を積む。やがてTVシリーズに出演して人気を博す。本格的映画デビューは「ザ・クラッカー/真夜中のアウトロー」で、その後兄の跡を継いで「サタデー・ナイト・ライブ」にも出演。舞台で演じた同じ役を、その映画化作「きのうの夜は…」でも好演し、次第に演技の幅を広げていった。以降は「K−9/友情に輝く星」や「シュワルツェネッガー/レッドブル」などの刑事役を得意としながらコメディ作品への出演も好評を得ている。98年に3度目の結婚をした。
参考:K−9
「K−9(ケーナイン)」は訓練を受けた警察犬のことです。元々は、犬を意味する「canine」=「ケイナイン」=K9から付いた名称です。K9の警察犬は一般的に麻薬、爆弾、犯人の匂いを嗅ぎあてるのが仕事で、警察官並みの待遇を受けるのだそうです
参考:日本では「麻薬探知犬」
麻薬探知犬は、増大する麻薬類の密輸入を防止する目的で導入されたもので、 東京税関で昭和54年6月に米国税関の協力を得て麻薬探知犬2頭を導入したのが 始まりです。
詳しくは→ 「がんばってます麻薬探知犬」
→ 「働くペット 〜麻薬探知犬〜」
◆◆この映画をご覧になった方は感想をお寄せ下さい
前号NO.18「剣客商売」をご覧になった方からのお便り
【無外流は江戸時代中頃に】
「子供の頃から剣道をしていましたので時代劇は結構みている方だと思います。池波先生の作品はいずれも好きですが、特にこの作品は好きです。無外流は江戸時代中頃に辻月丹
資茂により開かれた剣術の流儀で、正式には無外真伝兵道というのだそうです」(東京 小笠原)
☆☆ 小笠原様お便りありがとうございました。さすがにお詳しいですね。他にも時代劇の映画・ドラマでオススメがありましたらお便りお願いします。 (主宰 映画で元気)
◇◇貴方のご覧になった他の<元気の出た映画・ドラマ>をご紹介して下さい
【らむさんのオススメ映画「スワロウテイル」】
「はじめまして★元気とは違いますが岩井俊二監督の映画シリーズが大好きです♪心にジーンと来る何かがあるんですよ(上手く説明出来なくてごめんなさい)自分が映画を好きになっきっかけを作ってくれました。
昨日投稿したらむです★メッセージありがとうございます★でしたら、らむの好きな岩井俊二監督の作品の一つである"スワロウテイル"を紹介していただけませんか?主演はCHARAでしたね、懐かしい山口智子も出ていました!人によって好き嫌いがあると思いますが、らむ的には大好きな映画の一つ♪少し悲しい大人達のおとぎ話って感じですね。現実離れしたストーリーです。主題歌であるCHARAの歌も大好きです!」 (らむ)
☆☆メッセージありがとうございました。
>心にジーンと来る何かがあるんですよ
うーん、確かに人によって感動の原点が異なるから説明は難しいですよね。また、貴方の「ジーン」が出たら映画名を教えて下さい。解読のヒントになるかもしれません。(主宰 映画で元気)
「スワロウテイル」
製作:1996年 日本 日本ヘラルド映画=エースピクチャーズ配給
監督:岩井俊二
出演:三上博史(ミカミヒロシ)−ヒオ・フェイホン
Chara(チャラ)−グリコ
伊藤歩(イトウアユミ)−アゲハ
江口洋介(エグチヨウスケ)−リョウ・リャンキ
アンディ・ホイ−マオフウ
解説:過去とも未来ともつかない、“円"が世界で一番強かったころを背景に、夢を求めて日本に渡って来た移民たちから“円都(イェンタウン)"と呼ばれる架空の街を舞台とした、無国籍感覚の物語。“円都"という名前を忌み嫌った日本人から逆に“円盗(イェンタウン)"と呼ばれて蔑まれる移民たちを主人公に、彼らの成功と挫折を斬新な映像とスリリングな演出とで描いていく。監督・脚本は「FRIED DRAGON FISH」の岩井俊二。撮影を「PICNIC」の篠田昇が担当している。主演は「屋根裏の散歩者」の三上博史と「PICNIC」のChara、「女ざかり」の伊藤歩。これに「ACRI」の江口洋介、「静かな生活」の渡部篤郎、「トキワ荘の青春」の桃井かおり、「罠(1996)」の山口智子、「走らなあかん 夜明けまで」の大塚寧々、「勝手にしやがれ!! 成金計画」の洞口依子、「KAMIKAZE TAXI」のミッキー・カーチスらを加えた豪華なキャストが集っている。小学生が偽札取引にかかわるシーンの描写等により映倫からR指定を受けたことも話題となった。R指定。
↓「スワロウテイル」のDVD購入
↓「スワロウテイル」の原作本の購入
<元気コメント>
型破りな人間が、同じく型破りな犬と、いつのまにか心を交わしよき相棒となっていく。犬は時としてペット以上の存在となる。そして動物と心を通わすことができたと思うと、なぜかほっとして元気になるから不思議だ。
<あらすじ>
サンディエゴ警察の麻薬取締官のトーマス・ドゥーリー刑事(ジェームズ・ベルーシ)は、5千万ドルの麻薬を動かす密売人のライマン(ケヴィン・タイ)を追っていた。パートナーを持たないことで上司のバイヤーズ(ジェームズ・ハンディ)からも疎まれる彼は、ライマンの組織の一員であるフレディを捕まえ、港の倉庫に麻薬が入荷されることを知る。彼はブラニガン警部補(エド・オニール)に麻薬捜査犬を貸してくれるように頼み、ジェリー・リーという犬をパートナーとして得る。港でドゥーリーはジェリー・リーの活躍によって、ギリアム(コッター・スミス)という男が麻薬の買人であることをつきとめる。事ここに至って、ドゥーリーはライマンの組織に命を狙われ、そして遂に彼の恋人トレーシー(メル・ハリス)が誘拐されてしまう。ライマンとギリアムの麻薬取り引き場所へと向ったドゥーリーとジェリー・リーは、何とか無事トレーシーを取り戻したものの、激しい銃撃戦の中で、ジェリー・リーが敵の銃弾に倒れる。そして怒りに燃えたドゥーリーはヘリコプターで逃げようとするライマンを倒すのに成功する。一方ジェリー・リーは手術室に運び込まれ、幸い一命を取りとめるのだった。(goo映画案内より)
<データ>
「K−9友情に輝く星」
製作:1988年 アメリカ ユニヴァーサル=UIP配給
監督: ロッド・ダニエル(Rod Daniel)
出演:ジェームズ・ベルーシ(James Belushi)−Dooley
メル・ハリス(Mel Harris)−Tracy
ケヴィン・タイ(Kevin Tighe)− Lyman
エド・オニール(Ed O'Neill)−Branningan
ジェームズ・ハンディ(James Handy)−Byers
・サンディエゴを舞台に、ひとりの刑事と一匹の麻薬捜査犬の、友情と活躍をコミカルに描く刑事アクション。製作は、ローレンス・ゴードンとチャールズ・ゴードン、監督は「ハモンド家の秘密」のロッド・ダニエル、脚本はスティーヴン・シーゲルとスコット・マイヤーズの共同、撮影はディーン・セムラー、音楽はマイルス・グッドマンが担当。出演はジェームズ・ベルーシ、メル・ハリスほか
尚、続編とでもいうべき作品が以下の通り2本ある。
K−911 やっぱり俺たち最強コンビ(K−911)2000年製作
K−9 はみだしコンビ大復活!(K−9:P.I.)2002年製作
↓「K−9/友情に輝く星」のDVD購入
↓「K−9/友情に輝く星」のDVDレンタル

参考:ジェームズ・ベルーシ
故ジョン・ベルーシの弟。南イリノイ大学で弁論と演劇を専攻。兄と同じくセカンド・シティ劇団に入り修行を積む。やがてTVシリーズに出演して人気を博す。本格的映画デビューは「ザ・クラッカー/真夜中のアウトロー」で、その後兄の跡を継いで「サタデー・ナイト・ライブ」にも出演。舞台で演じた同じ役を、その映画化作「きのうの夜は…」でも好演し、次第に演技の幅を広げていった。以降は「K−9/友情に輝く星」や「シュワルツェネッガー/レッドブル」などの刑事役を得意としながらコメディ作品への出演も好評を得ている。98年に3度目の結婚をした。
参考:K−9
「K−9(ケーナイン)」は訓練を受けた警察犬のことです。元々は、犬を意味する「canine」=「ケイナイン」=K9から付いた名称です。K9の警察犬は一般的に麻薬、爆弾、犯人の匂いを嗅ぎあてるのが仕事で、警察官並みの待遇を受けるのだそうです
参考:日本では「麻薬探知犬」
麻薬探知犬は、増大する麻薬類の密輸入を防止する目的で導入されたもので、 東京税関で昭和54年6月に米国税関の協力を得て麻薬探知犬2頭を導入したのが 始まりです。
詳しくは→ 「がんばってます麻薬探知犬」
→ 「働くペット 〜麻薬探知犬〜」
◆◆この映画をご覧になった方は感想をお寄せ下さい
前号NO.18「剣客商売」をご覧になった方からのお便り
【無外流は江戸時代中頃に】
「子供の頃から剣道をしていましたので時代劇は結構みている方だと思います。池波先生の作品はいずれも好きですが、特にこの作品は好きです。無外流は江戸時代中頃に辻月丹
資茂により開かれた剣術の流儀で、正式には無外真伝兵道というのだそうです」(東京 小笠原)
☆☆ 小笠原様お便りありがとうございました。さすがにお詳しいですね。他にも時代劇の映画・ドラマでオススメがありましたらお便りお願いします。 (主宰 映画で元気)
◇◇貴方のご覧になった他の<元気の出た映画・ドラマ>をご紹介して下さい
【らむさんのオススメ映画「スワロウテイル」】
「はじめまして★元気とは違いますが岩井俊二監督の映画シリーズが大好きです♪心にジーンと来る何かがあるんですよ(上手く説明出来なくてごめんなさい)自分が映画を好きになっきっかけを作ってくれました。
昨日投稿したらむです★メッセージありがとうございます★でしたら、らむの好きな岩井俊二監督の作品の一つである"スワロウテイル"を紹介していただけませんか?主演はCHARAでしたね、懐かしい山口智子も出ていました!人によって好き嫌いがあると思いますが、らむ的には大好きな映画の一つ♪少し悲しい大人達のおとぎ話って感じですね。現実離れしたストーリーです。主題歌であるCHARAの歌も大好きです!」 (らむ)
☆☆メッセージありがとうございました。
>心にジーンと来る何かがあるんですよ
うーん、確かに人によって感動の原点が異なるから説明は難しいですよね。また、貴方の「ジーン」が出たら映画名を教えて下さい。解読のヒントになるかもしれません。(主宰 映画で元気)
「スワロウテイル」
製作:1996年 日本 日本ヘラルド映画=エースピクチャーズ配給
監督:岩井俊二
出演:三上博史(ミカミヒロシ)−ヒオ・フェイホン
Chara(チャラ)−グリコ
伊藤歩(イトウアユミ)−アゲハ
江口洋介(エグチヨウスケ)−リョウ・リャンキ
アンディ・ホイ−マオフウ
解説:過去とも未来ともつかない、“円"が世界で一番強かったころを背景に、夢を求めて日本に渡って来た移民たちから“円都(イェンタウン)"と呼ばれる架空の街を舞台とした、無国籍感覚の物語。“円都"という名前を忌み嫌った日本人から逆に“円盗(イェンタウン)"と呼ばれて蔑まれる移民たちを主人公に、彼らの成功と挫折を斬新な映像とスリリングな演出とで描いていく。監督・脚本は「FRIED DRAGON FISH」の岩井俊二。撮影を「PICNIC」の篠田昇が担当している。主演は「屋根裏の散歩者」の三上博史と「PICNIC」のChara、「女ざかり」の伊藤歩。これに「ACRI」の江口洋介、「静かな生活」の渡部篤郎、「トキワ荘の青春」の桃井かおり、「罠(1996)」の山口智子、「走らなあかん 夜明けまで」の大塚寧々、「勝手にしやがれ!! 成金計画」の洞口依子、「KAMIKAZE TAXI」のミッキー・カーチスらを加えた豪華なキャストが集っている。小学生が偽札取引にかかわるシーンの描写等により映倫からR指定を受けたことも話題となった。R指定。
↓「スワロウテイル」のDVD購入
↓「スワロウテイル」の原作本の購入
NO.18「剣客商売」
「剣客商売」 (けんかくしょうばい)
<元気コメント>
このドラマを見ていると江戸という時代の中を楽しむことができます。人々の行来、食生活、人情、情痴、生き様が混じりあい、ほっとした瞬間を見出した時、ふと忙しい中に明日への活力が湧き出してきます。
<あらすじ>
無外流の老剣客、秋山小兵衛(あきやま こへい)を主人公とし、小兵衛と妻おはる、息子の大治郎、女性剣客の佐々木三冬らが、江戸を舞台に様々な事件に遭遇し活躍する。重要なサブキャラクターの一人として老中の田沼意次が登場する。
剣客商売一 剣客商売
剣客商売二 辻斬り
剣客商売三 陽炎の男
剣客商売四 天魔
剣客商売五 白い鬼
剣客商売六 新妻
剣客商売七 隠れ蓑
剣客商売八 狂乱
剣客商売九 待ち伏せ
剣客商売十 春の嵐
剣客商売十一 勝負
剣客商売十二 十番斬り
剣客商売十三 波紋
剣客商売十四 暗殺者
剣客商売十五 二十番斬り
剣客商売十六 浮沈
黒白 剣客商売 番外編 (上)(下)
ないしょ ないしょ 剣客商売 番外編
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)
<データ>
「剣客商売」
製作:1998年10〜12月までフジテレビ系で放映
原作:池波正太郎
出演:藤田まこと, 渡部篤郎,
↓「剣客商売」のDVD購入
↓「剣客商売」のDVDレンタル


↓「剣客商売」の原作本購入
参考:池波正太郎(いけなみ しょうたろう、1923年1月25日 - 1990年5月3日、大正12 - 平成2)
日本人の小説家。下谷西町小学校卒。東京都台東区の下町・浅草に生まれ、幼い頃から映画を好んだ。長じて後長谷川伸に師事。兜町の株式仲買店の店員を経て、東京都職員の傍ら脚本家・小説家となり、新国劇などを中心に活躍。
1960年、『錯乱』で第43回直木賞を受賞し、東京都職員を辞し本格的な作家生活に入った。以後『鬼平犯科帳』『剣客商売』『仕掛人・藤枝梅安』『真田太平記』など、戦国・江戸時代を舞台にした時代小説を次々に発表。江戸風の歯切れの良い文章や人情味溢れる作風が支持を得、自らが手を加えてドラマ化された作品も多い。美食家・映画評論家としても著名であった。急性白血病により急逝。
受賞歴
* 1955年 『太鼓』で第2回新鷹会賞奨励賞
* 1957年 『錯乱』で第43回直木賞
* 1972年 『殺しの四人』で第5回小説現代ゴールデン読者賞
* 1973年 『仕掛針』で第7回小説現代ゴールデン読者賞
* 1977年 『市松小僧の女』で第11回吉川英治文学賞・第6回大谷竹次郎賞
* 1986年 紫綬褒章
* 1988年 第36回菊池寛賞
主要作品リスト
* 鬼平犯科帳
* 剣客商売
* 仕掛人・藤枝梅安
* 真田太平記
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)
参考:「剣客商売」ドラマ化
1973年に山形勲の小兵衛と加藤剛の大治郎で東宝と俳優座が、1983年には中村又五郎の小兵衛と同じく加藤剛の大治郎で東宝と俳優座が、さらに1998年以降、藤田まことの小兵衛で松竹がテレビドラマ化し、いずれもフジテレビ系で放映され、いずれも同じ小兵衛の配役で何度か舞台化もされるほどの好評を博している。なお、池波が秋山小兵衛のモデルに中村又五郎を想定していたことは、池波本人が語っていたため有名である。
2004年3月で第5シリーズ放送終了→フジテレビの放送解説 http://www.fujitv.co.jp/b_hp/kenkaku5/
参考:地図でみる剣客商売→小説に出てくる江戸時代の場所を地図で紹介
剣客商売 彩色 江戸名所図会→小説のあらすじと江戸の地図を併せて紹介)
◆◆この映画をご覧になった方は感想をお寄せ下さい
↓前回掲載の「クロコダイル・ダンディー」にお寄頂いたお便りです。
【オーストラリアが好きになった】
「実はこの映画を見てオーストラリアにはまってしまい、新婚旅行の選択でも迷わず選んでしまったくらいです。あれからもう3回もオーストラリアに行ってしまいましたが、なにしろ広いのでまだほとんど知らないと言っていいくらいなんです。次回こそはエアーズロックへ」(博多 飯嶋)
☆☆ 飯嶋さん、お便りありがとうございました。映画と旅行って結びつきがあるのですね。私もローマへ行った時、「ローマの休日」のシーンの「真実の口」が見たくてガイドさんにコース外で案内をお願いしてしまいました。飯嶋様からもぜひ元気の出た映画をご紹介して下さい。(主宰 映画で元気)
◇◇また貴方のご覧になった他の<元気の出た映画・ドラマ>をご紹介して下さい↓お寄頂いたお便りです。
【金沢 鎌田さんのオススメ映画「グレン・ミラー物語」】「第二次大戦中、ドイツへ進撃中に慰問のため訪れたヨーロッパのある街で演奏中、ドイツのロケット爆弾が落ちてきても演奏を止めないで続け、観客の拍手を浴びるシーンがなんとも言えません」 (金沢 鎌田)
☆☆ 鎌田さん、お便りありがとうございました。この映画の中では何曲もグレン・ミラーの曲が流れていましたね。音楽映画としては私もベスト3です。またのお便りをお待ちしています。 (主宰 映画で元気)
「グレン・ミラー物語 」
製作:1953年 アメリカ ユニヴァーサル映画配給
解説:「怒りの河」「雷鳴の湾」のトリオ、製作アーロン・ローゼンバ ーグ、監督アンソニー・マン、主演ジェームズ・スチュアートによるテクニカラーの音楽映画1953年作品で、バンド・リーダーとしてまたトロンボーン奏者として高名の故グレン・ミラーの生涯を描く。脚本は「夫は偽物」のヴァレンタイン・デイヴィース、撮影は「雷鳴の湾」のウィリアム・ダニエルス、音楽監督はジョセフ・ガーシェンソンの担当。共演者はMGMをはなれたジューン・アリソン、「白昼の脱獄」のヘンリイ・モーガン、「ウィンチェスター銃'73」のチャールズ・ドレイク、マリオン・ロス、ジョージ・トビアス、シグ・ルーマンらで、それにルイ・アームストロング、ジーン・クルーパ、ベン・ポラックらのジャズメンが特別出演する。 (goo映画案内より)
↓「グレン・ミラー物語」のDVD購入
↓「グレン・ミラー物語」のDVDレンタル購入

<元気コメント>
このドラマを見ていると江戸という時代の中を楽しむことができます。人々の行来、食生活、人情、情痴、生き様が混じりあい、ほっとした瞬間を見出した時、ふと忙しい中に明日への活力が湧き出してきます。
<あらすじ>
無外流の老剣客、秋山小兵衛(あきやま こへい)を主人公とし、小兵衛と妻おはる、息子の大治郎、女性剣客の佐々木三冬らが、江戸を舞台に様々な事件に遭遇し活躍する。重要なサブキャラクターの一人として老中の田沼意次が登場する。
剣客商売一 剣客商売
剣客商売二 辻斬り
剣客商売三 陽炎の男
剣客商売四 天魔
剣客商売五 白い鬼
剣客商売六 新妻
剣客商売七 隠れ蓑
剣客商売八 狂乱
剣客商売九 待ち伏せ
剣客商売十 春の嵐
剣客商売十一 勝負
剣客商売十二 十番斬り
剣客商売十三 波紋
剣客商売十四 暗殺者
剣客商売十五 二十番斬り
剣客商売十六 浮沈
黒白 剣客商売 番外編 (上)(下)
ないしょ ないしょ 剣客商売 番外編
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)
<データ>
「剣客商売」
製作:1998年10〜12月までフジテレビ系で放映
原作:池波正太郎
出演:藤田まこと, 渡部篤郎,
↓「剣客商売」のDVD購入
↓「剣客商売」のDVDレンタル

↓「剣客商売」の原作本購入
参考:池波正太郎(いけなみ しょうたろう、1923年1月25日 - 1990年5月3日、大正12 - 平成2)
日本人の小説家。下谷西町小学校卒。東京都台東区の下町・浅草に生まれ、幼い頃から映画を好んだ。長じて後長谷川伸に師事。兜町の株式仲買店の店員を経て、東京都職員の傍ら脚本家・小説家となり、新国劇などを中心に活躍。
1960年、『錯乱』で第43回直木賞を受賞し、東京都職員を辞し本格的な作家生活に入った。以後『鬼平犯科帳』『剣客商売』『仕掛人・藤枝梅安』『真田太平記』など、戦国・江戸時代を舞台にした時代小説を次々に発表。江戸風の歯切れの良い文章や人情味溢れる作風が支持を得、自らが手を加えてドラマ化された作品も多い。美食家・映画評論家としても著名であった。急性白血病により急逝。
受賞歴
* 1955年 『太鼓』で第2回新鷹会賞奨励賞
* 1957年 『錯乱』で第43回直木賞
* 1972年 『殺しの四人』で第5回小説現代ゴールデン読者賞
* 1973年 『仕掛針』で第7回小説現代ゴールデン読者賞
* 1977年 『市松小僧の女』で第11回吉川英治文学賞・第6回大谷竹次郎賞
* 1986年 紫綬褒章
* 1988年 第36回菊池寛賞
主要作品リスト
* 鬼平犯科帳
* 剣客商売
* 仕掛人・藤枝梅安
* 真田太平記
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)
参考:「剣客商売」ドラマ化
1973年に山形勲の小兵衛と加藤剛の大治郎で東宝と俳優座が、1983年には中村又五郎の小兵衛と同じく加藤剛の大治郎で東宝と俳優座が、さらに1998年以降、藤田まことの小兵衛で松竹がテレビドラマ化し、いずれもフジテレビ系で放映され、いずれも同じ小兵衛の配役で何度か舞台化もされるほどの好評を博している。なお、池波が秋山小兵衛のモデルに中村又五郎を想定していたことは、池波本人が語っていたため有名である。
2004年3月で第5シリーズ放送終了→フジテレビの放送解説 http://www.fujitv.co.jp/b_hp/kenkaku5/
参考:地図でみる剣客商売→小説に出てくる江戸時代の場所を地図で紹介
剣客商売 彩色 江戸名所図会→小説のあらすじと江戸の地図を併せて紹介)
◆◆この映画をご覧になった方は感想をお寄せ下さい
↓前回掲載の「クロコダイル・ダンディー」にお寄頂いたお便りです。
【オーストラリアが好きになった】
「実はこの映画を見てオーストラリアにはまってしまい、新婚旅行の選択でも迷わず選んでしまったくらいです。あれからもう3回もオーストラリアに行ってしまいましたが、なにしろ広いのでまだほとんど知らないと言っていいくらいなんです。次回こそはエアーズロックへ」(博多 飯嶋)
☆☆ 飯嶋さん、お便りありがとうございました。映画と旅行って結びつきがあるのですね。私もローマへ行った時、「ローマの休日」のシーンの「真実の口」が見たくてガイドさんにコース外で案内をお願いしてしまいました。飯嶋様からもぜひ元気の出た映画をご紹介して下さい。(主宰 映画で元気)
◇◇また貴方のご覧になった他の<元気の出た映画・ドラマ>をご紹介して下さい↓お寄頂いたお便りです。
【金沢 鎌田さんのオススメ映画「グレン・ミラー物語」】「第二次大戦中、ドイツへ進撃中に慰問のため訪れたヨーロッパのある街で演奏中、ドイツのロケット爆弾が落ちてきても演奏を止めないで続け、観客の拍手を浴びるシーンがなんとも言えません」 (金沢 鎌田)
☆☆ 鎌田さん、お便りありがとうございました。この映画の中では何曲もグレン・ミラーの曲が流れていましたね。音楽映画としては私もベスト3です。またのお便りをお待ちしています。 (主宰 映画で元気)
「グレン・ミラー物語 」
製作:1953年 アメリカ ユニヴァーサル映画配給
解説:「怒りの河」「雷鳴の湾」のトリオ、製作アーロン・ローゼンバ ーグ、監督アンソニー・マン、主演ジェームズ・スチュアートによるテクニカラーの音楽映画1953年作品で、バンド・リーダーとしてまたトロンボーン奏者として高名の故グレン・ミラーの生涯を描く。脚本は「夫は偽物」のヴァレンタイン・デイヴィース、撮影は「雷鳴の湾」のウィリアム・ダニエルス、音楽監督はジョセフ・ガーシェンソンの担当。共演者はMGMをはなれたジューン・アリソン、「白昼の脱獄」のヘンリイ・モーガン、「ウィンチェスター銃'73」のチャールズ・ドレイク、マリオン・ロス、ジョージ・トビアス、シグ・ルーマンらで、それにルイ・アームストロング、ジーン・クルーパ、ベン・ポラックらのジャズメンが特別出演する。 (goo映画案内より)
↓「グレン・ミラー物語」のDVD購入
↓「グレン・ミラー物語」のDVDレンタル購入

NO.17「クロコダイル・ダンディー」
「クロコダイル・ダンディー」
<元気コメント>
今まで生きてきたゆっくりと時間の流れる自然の世界から、目まぐるしい都会へ移ってきても、現代の鎖に縛られない自由な生き方にあこがれと元気をもらいました。
<あらすじ>
NYの大新聞社の社主の娘で、その新聞社の花形記者として活躍するスー(リンダ・コズラウスキー)は、オーストラリアの奥地で何十匹ものワニと格闘の末に無事帰還したというマイケル・"クロコダイル"・ダンディー(ポール・ホーガン)に会うために現地へ飛んだ。そしてダンディーのパートナーであるライリー(ジョン・マイロン)に彼を紹介してもらったスーは、粗野ながらユーモアを理解し都会の人間にはない暖かさを持ったダンディーに好感を持ち、二人は早速、アドベンチャー記事を書くためオーストラリアの奥地へと冒険の旅に出た。途中、水牛が現われて立往生したり、カウボーイ気取りでカンガルー狩りをする男たちが出現したりしたが、ダンディーはそれらを催眠術を使ったり、銃で追っぱらってくれた。またスーが沼で水浴びをしていると突然、ワニが現われ襲われそうになるが、この時もダンディーが助けてくれた。やがて二人の間には愛が芽生えはじめ、スーは彼に「NYに来ない?」と誘った。そして--NYの空港にはスーの恋人でもある上司のリチャード(マーク・ブルーム)が迎えに来ていた。見るものすべてが初めてといった感じのダンディーは物珍しそうにキョロキョロし、それはホテルに投宿してからも変わらなかった。街に出たダンディーは人と車の洪水に驚きながら、持ち前の人なつっこい笑顔で行き交う人々に"グッダイ"と挨拶をかわした。しかし、殆どの人が知らん顔......。その夜の夕食時にリチャードと衝突したダンディーは街に出て陽気に飲み、ゲイと仲良くなったり、街娼のヒモにからまれて相手を殴り倒したりした。翌日もスーと街へ出た時にひったくりの強盗をやっつけ、またストリート・ギャングに襲われたりするが、ここでも逆に相手を脅し、そんなダンディーにスーはますます魅かれていった。スーの書いたアドベンチャー記事が評判となり社長主催のパーティーが催され、席上、リチャードが自らスーとの婚約を発表、出席者に祝福された。だが、スーの気持ちは何となくしっくりしなかった。翌朝、ダンディーはホテルを出てアメリカ放浪の旅に出た。スーはそのことを知るとすぐにダンディーのあとを追い、朝のラッシュで混雑する地下鉄のホームでダンディーを見つけ、そこにいる人々の協力もあってやっとダンディーに自分の気持ちを打ち明け、ふたりは強く抱き合うのであった。(goo映画案内より)
<データ>
「クロコダイル・ダンディー」
制作:1986年 オーストラリア 配給 : 20世紀フォックス
監督:ピーター・フェイマン(PeterFaiman)
製作:ジョン・コーネル(John Cornell)
原案:ポール・ホーガン(Paul Hogan)
脚本:ポール・ホーガン(Paul Hogan)、 ケン・シャディー(Ken Shadie)、ジョン・コーネル(John Cornell)
出演:ポール・ホーガン(Paul Hogan)−マイケル・"クロコダイル"・ダンディー
リンダ・コズラウスキー(Linda Kozlowski)−スー・チャールトン
ジョン・メイロン(John Meillon)−ウォルター・ライリー
マーク・ブラム(Mark Blum)−リチャード・メイスン
マイケル・ロンバード(Michael Lombard)−サム・チャールトン
・オーストラリアの奥地で生活する"クロコダイル・ダンディー"と呼ばれる探検家がニューヨークへ来て巻き起こす騒動を描く。製作はジョン・コーネル、監督はテレビ出身でこれが劇場用映画第1作となるピーター・フェイマン、ポール・ホーガンの原案を彼とケン・シャディー、ジョン・コーネルが共同で脚本化、撮影はラッセル・ボイド、音楽はピーター・ベストが担当。出演はポール・ホーガン、リンダ・コズラウスキー、ジョン・マイロン、マーク・ブルームほか。ドルビー・ステレオ。日本版字幕は進藤光太、監修を明治大学の越智道生が担当(goo映画案内より)
↓「クロコダイル・ダンディー」のDVD購入
↓「クロコダイルダンディー」のDVDレンタル


参考:ポール・ホーガン(PAUL HOGAN)
1940/10/8生まれ、出身 オーストラリア・シドニー
高校卒業後、職を転々としたが、テレビのタレント発掘番組でタップダンスをしながらナイフ投げをするという特技を披露し、人気になり、77年には「ザ・ポール・ホーガン・ショー」という番組を持つ。86年「クロコダイル・ダンディー」のミック・ダンディー役でゴールデン・グローブ主演男優賞獲得、脚本でもアカデミー賞脚本賞にノミネートされた。同映画の共演をきっかけにリンダ・コズラウスキーと結婚した。
出演作
1985年「クロコダイル・ダンディー」
1988年「クロコダイル・ダンディー2」
1990年「Mr.エンジェル/神様の賭け」
1996年「フリッパー」
2001年「クロコダイル・ダンディー IN L.A.」
(「海外映画俳優マガジン」より)
↓「クロコダイル・ダンディー2」のDVD購入
↓「クロコダイル・ダンディー IN L.A.」のDVD購入
↓「クロコダイル・ダンディー2」のDVDレンタル


参考:クロコダイル(ワニ)
オーストラリアには、南回帰線以北に2種類のワニが棲息している。川や渓谷の淡水に棲むのがフレッシュウォーター・クロコダイルで、小型でおとなしく、人間に危害を与えることはほとんどない。危険なのは河口近くの海水に棲息するソルトウォーター・クロコダイルだ。大きなものでは5メートル前後もあり、しばしば人間を襲う。とくにオーストラリア北部の熱帯雨林(レイン・フォーレスト)あたりでキャンプする時は要注意。直線を走ったら人間より素早く、楽々と追いついてしまう。おまけに頭も良く、キャンパーの毎日の行動を観察して水辺に寄ってきたところをガブリとやったりするのだ。
( 「オーストラリアの野生動物たち」より)
◆◆この映画をご覧になった方は感想をお寄せ下さい
↓前回掲載の「国盗り物語」にお寄頂いたお便りです。
【女性の生き方に】
「原作でも庄九郎(道三)の妻のお万阿の生き方に何とも艶なものを感じていましたが、NHK版の池内淳子の演じていたのがイメージを膨らませてくれました」 (?? サイ子)
☆☆サイ子さん、お便りありがとうございました。お万阿を始め、有年備中守の妾小宰相、元土岐頼芸の愛妾深芳野、明智の姫小見の方、内親王香子、濃姫等、庄九郎こと道三に関わった女性は大変多く、しかも個性がありましたね。サイ子様からもぜひ元気の出た映画をご紹介して下さい。(主宰 映画で元気)
◇◇貴方のご覧になった他の<元気の出た映画・ドラマ>をご紹介して下さい
↓お寄せ頂いたお便りです。
【熊本 小川さんのオススメ映画「グラディエーター」】
「く」がつくとすれば、私が元気になった映画は、「グラディエーター」だ。軍の司令官から最下層の命のやりとりをする剣闘士へおとされ、それでいてわがままな皇帝には最後まで従わないという信念の貫きかたに感動した」 (熊本 小川)
☆☆小川さん、お便りありがとうございました。古代ローマ時代を扱った映画はたくさんありますが、私もこの作品はその中でも忘れられない一品です。またのお便りをお待ちしています。(主宰 映画で元気)
「グラディエーター 」
製作:2000年 アメリカ UIP配給
解説: ローマ帝国の時代、将軍から剣闘士となった男の数奇な運命を描いた史劇スペクタクル大作。監督は「G.I.ジェーン」のリドリー・スコット。脚本は「アミスタッド」のデイヴィッド・フランゾーニ(原案も)と「永遠の愛に生きて」のウィリアム・ニコルソン、ジョン・ローガン。撮影はスコット製作のTVシリーズ『ハンガー』(V)のジョン・マシソン。音楽は「プリンス・オブ・エジプト」のハンス・ヅィマー。出演は「インサイダー」のラッセル・クロウ、「8mm」のホアキン・フェニックス、「ミッション・トゥ・マーズ」のコニー・ニールセン、「アミスタッド」のジャイモン・ハンスゥ、「バロン」のオリヴァー・リード(撮影終了直前に急死し、本作が遺作となった)、「許されざる者」のリチャード・ハリスほか。(goo映画案内より)
↓「グラディエーター」のDVD購入
↓「グラディエーター」のDVDレンタル


<元気コメント>
今まで生きてきたゆっくりと時間の流れる自然の世界から、目まぐるしい都会へ移ってきても、現代の鎖に縛られない自由な生き方にあこがれと元気をもらいました。
<あらすじ>
NYの大新聞社の社主の娘で、その新聞社の花形記者として活躍するスー(リンダ・コズラウスキー)は、オーストラリアの奥地で何十匹ものワニと格闘の末に無事帰還したというマイケル・"クロコダイル"・ダンディー(ポール・ホーガン)に会うために現地へ飛んだ。そしてダンディーのパートナーであるライリー(ジョン・マイロン)に彼を紹介してもらったスーは、粗野ながらユーモアを理解し都会の人間にはない暖かさを持ったダンディーに好感を持ち、二人は早速、アドベンチャー記事を書くためオーストラリアの奥地へと冒険の旅に出た。途中、水牛が現われて立往生したり、カウボーイ気取りでカンガルー狩りをする男たちが出現したりしたが、ダンディーはそれらを催眠術を使ったり、銃で追っぱらってくれた。またスーが沼で水浴びをしていると突然、ワニが現われ襲われそうになるが、この時もダンディーが助けてくれた。やがて二人の間には愛が芽生えはじめ、スーは彼に「NYに来ない?」と誘った。そして--NYの空港にはスーの恋人でもある上司のリチャード(マーク・ブルーム)が迎えに来ていた。見るものすべてが初めてといった感じのダンディーは物珍しそうにキョロキョロし、それはホテルに投宿してからも変わらなかった。街に出たダンディーは人と車の洪水に驚きながら、持ち前の人なつっこい笑顔で行き交う人々に"グッダイ"と挨拶をかわした。しかし、殆どの人が知らん顔......。その夜の夕食時にリチャードと衝突したダンディーは街に出て陽気に飲み、ゲイと仲良くなったり、街娼のヒモにからまれて相手を殴り倒したりした。翌日もスーと街へ出た時にひったくりの強盗をやっつけ、またストリート・ギャングに襲われたりするが、ここでも逆に相手を脅し、そんなダンディーにスーはますます魅かれていった。スーの書いたアドベンチャー記事が評判となり社長主催のパーティーが催され、席上、リチャードが自らスーとの婚約を発表、出席者に祝福された。だが、スーの気持ちは何となくしっくりしなかった。翌朝、ダンディーはホテルを出てアメリカ放浪の旅に出た。スーはそのことを知るとすぐにダンディーのあとを追い、朝のラッシュで混雑する地下鉄のホームでダンディーを見つけ、そこにいる人々の協力もあってやっとダンディーに自分の気持ちを打ち明け、ふたりは強く抱き合うのであった。(goo映画案内より)
<データ>
「クロコダイル・ダンディー」
制作:1986年 オーストラリア 配給 : 20世紀フォックス
監督:ピーター・フェイマン(PeterFaiman)
製作:ジョン・コーネル(John Cornell)
原案:ポール・ホーガン(Paul Hogan)
脚本:ポール・ホーガン(Paul Hogan)、 ケン・シャディー(Ken Shadie)、ジョン・コーネル(John Cornell)
出演:ポール・ホーガン(Paul Hogan)−マイケル・"クロコダイル"・ダンディー
リンダ・コズラウスキー(Linda Kozlowski)−スー・チャールトン
ジョン・メイロン(John Meillon)−ウォルター・ライリー
マーク・ブラム(Mark Blum)−リチャード・メイスン
マイケル・ロンバード(Michael Lombard)−サム・チャールトン
・オーストラリアの奥地で生活する"クロコダイル・ダンディー"と呼ばれる探検家がニューヨークへ来て巻き起こす騒動を描く。製作はジョン・コーネル、監督はテレビ出身でこれが劇場用映画第1作となるピーター・フェイマン、ポール・ホーガンの原案を彼とケン・シャディー、ジョン・コーネルが共同で脚本化、撮影はラッセル・ボイド、音楽はピーター・ベストが担当。出演はポール・ホーガン、リンダ・コズラウスキー、ジョン・マイロン、マーク・ブルームほか。ドルビー・ステレオ。日本版字幕は進藤光太、監修を明治大学の越智道生が担当(goo映画案内より)
↓「クロコダイル・ダンディー」のDVD購入
↓「クロコダイルダンディー」のDVDレンタル

参考:ポール・ホーガン(PAUL HOGAN)
1940/10/8生まれ、出身 オーストラリア・シドニー
高校卒業後、職を転々としたが、テレビのタレント発掘番組でタップダンスをしながらナイフ投げをするという特技を披露し、人気になり、77年には「ザ・ポール・ホーガン・ショー」という番組を持つ。86年「クロコダイル・ダンディー」のミック・ダンディー役でゴールデン・グローブ主演男優賞獲得、脚本でもアカデミー賞脚本賞にノミネートされた。同映画の共演をきっかけにリンダ・コズラウスキーと結婚した。
出演作
1985年「クロコダイル・ダンディー」
1988年「クロコダイル・ダンディー2」
1990年「Mr.エンジェル/神様の賭け」
1996年「フリッパー」
2001年「クロコダイル・ダンディー IN L.A.」
(「海外映画俳優マガジン」より)
↓「クロコダイル・ダンディー2」のDVD購入
↓「クロコダイル・ダンディー IN L.A.」のDVD購入
↓「クロコダイル・ダンディー2」のDVDレンタル

参考:クロコダイル(ワニ)
オーストラリアには、南回帰線以北に2種類のワニが棲息している。川や渓谷の淡水に棲むのがフレッシュウォーター・クロコダイルで、小型でおとなしく、人間に危害を与えることはほとんどない。危険なのは河口近くの海水に棲息するソルトウォーター・クロコダイルだ。大きなものでは5メートル前後もあり、しばしば人間を襲う。とくにオーストラリア北部の熱帯雨林(レイン・フォーレスト)あたりでキャンプする時は要注意。直線を走ったら人間より素早く、楽々と追いついてしまう。おまけに頭も良く、キャンパーの毎日の行動を観察して水辺に寄ってきたところをガブリとやったりするのだ。
( 「オーストラリアの野生動物たち」より)
◆◆この映画をご覧になった方は感想をお寄せ下さい
↓前回掲載の「国盗り物語」にお寄頂いたお便りです。
【女性の生き方に】
「原作でも庄九郎(道三)の妻のお万阿の生き方に何とも艶なものを感じていましたが、NHK版の池内淳子の演じていたのがイメージを膨らませてくれました」 (?? サイ子)
☆☆サイ子さん、お便りありがとうございました。お万阿を始め、有年備中守の妾小宰相、元土岐頼芸の愛妾深芳野、明智の姫小見の方、内親王香子、濃姫等、庄九郎こと道三に関わった女性は大変多く、しかも個性がありましたね。サイ子様からもぜひ元気の出た映画をご紹介して下さい。(主宰 映画で元気)
◇◇貴方のご覧になった他の<元気の出た映画・ドラマ>をご紹介して下さい
↓お寄せ頂いたお便りです。
【熊本 小川さんのオススメ映画「グラディエーター」】
「く」がつくとすれば、私が元気になった映画は、「グラディエーター」だ。軍の司令官から最下層の命のやりとりをする剣闘士へおとされ、それでいてわがままな皇帝には最後まで従わないという信念の貫きかたに感動した」 (熊本 小川)
☆☆小川さん、お便りありがとうございました。古代ローマ時代を扱った映画はたくさんありますが、私もこの作品はその中でも忘れられない一品です。またのお便りをお待ちしています。(主宰 映画で元気)
「グラディエーター 」
製作:2000年 アメリカ UIP配給
解説: ローマ帝国の時代、将軍から剣闘士となった男の数奇な運命を描いた史劇スペクタクル大作。監督は「G.I.ジェーン」のリドリー・スコット。脚本は「アミスタッド」のデイヴィッド・フランゾーニ(原案も)と「永遠の愛に生きて」のウィリアム・ニコルソン、ジョン・ローガン。撮影はスコット製作のTVシリーズ『ハンガー』(V)のジョン・マシソン。音楽は「プリンス・オブ・エジプト」のハンス・ヅィマー。出演は「インサイダー」のラッセル・クロウ、「8mm」のホアキン・フェニックス、「ミッション・トゥ・マーズ」のコニー・ニールセン、「アミスタッド」のジャイモン・ハンスゥ、「バロン」のオリヴァー・リード(撮影終了直前に急死し、本作が遺作となった)、「許されざる者」のリチャード・ハリスほか。(goo映画案内より)
↓「グラディエーター」のDVD購入
↓「グラディエーター」のDVDレンタル

NO.16「国盗り物語」
「国盗り物語」 (くにとりものがたり)
<元気コメント>
これ以上は落ちようがないところまできた時、そこからどのように這い上がるのか。知恵と工夫を働かせて人の中へ飛び込み、臨機応変に対応していく。生涯に13回も名前を変えた斎藤道三の生き方の中から学ばせてもらいました。
<あらすじ>
斎藤道三編 :妙覚寺の法漣房は、松波庄九郎と名乗り、天下の主となる夢を持って寺を出ると、京の油屋・奈良屋をのっとり、莫大な資産を獲得した。だが彼は美濃にのぼり、土岐頼芸に仕える。かつては「知恵第一の法蓮房」と呼ばれた庄九郎は、策謀の限りを尽くして頼芸を追い出し、美濃を手中に入れる。名前がころころ変わる庄九郎は、出家して斎藤道三と名乗った。
織田信長編 :織田信長は道三の娘・濃姫と結婚した。道三の学識的な所を受け継いだのは明智光秀であり、革新的な所を受け継いだのは信長であった。道三は息子(正しく言えば頼芸の子)である義竜によって滅ぼされる。信長は義竜の子・竜興を破り、ついには京にのぼる。一方、信長に仕えるようになった光秀は、彼に敬服しながらも、家臣を使い捨てるように扱う信長に対して反感を持つ。それはやがて本能寺の変の因となっていく。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)
<データ>
「国盗り物語」
製作:1973年NHK
演出:斎藤暁、村上佑二、伊豫田静弘
原作 :司馬遼太郎
出演: 平幹二朗、高橋英樹、近藤正臣、池内淳子
・天下の制覇を夢見た斉藤道三、野望半ばにして倒れた道三の遺志を継いだ織田信長と明智光秀。三人の武将を中心に、下克上の乱世を生きた人々の激しい葛藤を、豪華キャスト共演でダイナミックに描いた名作大河ドラマ。原作は司馬遼太郎の菊池寛賞受賞作。(「DVD NAVIGATOR」データベースより)
↓「国盗り物語」のDVD購入
↓「国盗り物語」のDVDレンタル


↓「国盗り物語」の原作本購入
参考:大河ドラマ(たいがドラマ)
NHKが毎年、違うテーマで放映する時代劇ドラマシリーズである。主に歴史上の人物や事件などをテーマに、基本的に毎年1月から12月の1年間に49〜50回を通して放映される。しかし実在しない人物が登場することも多く、また作品によっては主人公も架空の人物の場合もある。出演者は通常のドラマで主役級の俳優・女優が共演することが多く、これに名脇役と呼ばれる方々も登場するため、普段は見られない顔合わせもよく見られる。
年末には総集編(ダイジェスト版、全部で3、4時間程度)も製作される。ただし作品によっては翌年に放送されたケースもある。また総集編は3回ないし4回に分けて放送されるが再放送はされない。第6作の「竜馬がゆく」までがモノクロ作品。通常は年間1作だが、1993年から1994年にかけては、第31作「琉球の風」が6ヶ月、第32作「炎立つ」と第33作「花の乱」がともに9ヶ月と短いシリーズが続き、この2年間は年2作品となった。視聴率は作品によって不安定であるが、戦国時代を扱った作品は安定していて、幕末を扱った作品は視聴率が取れない傾向にあると言われる。要因として、戦国時代のドラマはあまり流すことがなく、ほぼ大河の独壇場であるのに対して、幕末は民放でもよく放映される為、1年間見なくていいと思う人が多いと思われる。 NHK出版からの「大河ドラマ・ストーリー」や関連書籍も出版され、ビデオ・DVDなどソフト化もされている。
なお、1970年代中期までの作品は全話見ることがほとんど不可能(映像が現存しても、総集編、クライマックスの回、あるいは最終回程度しか現存していない場合が多い。当時はVTRの録画が2インチ規格でテープが高価なうえ操作・編集も煩雑だったことなどから、番組の資料保管は安易に行えなかった)。全話のソフト化で最も古い作品は1978年制作の「黄金の日日」となっている。 全般的に前半はロケシーンが多く、中盤にクライマックスがあり、後半は登場人物も徐々に減少し(役の人物が死ぬため)、スタジオ撮影のシーンが多くなるのが特徴である。 第25作「独眼竜政宗」で主演の渡辺謙のように、番組での好演がきっかけで有名になる例も多く、また第34作「八代将軍吉宗」では徳川家重を演じた中村梅雀が、主役の西田敏行をしのぐ演技を披露し評判を呼んだこともある。
合戦シーンなどではコンピュータグラフィックス(CG)を用いることも多くなっているが、出演者のスケジュールの都合により使用せざるを得ない場合も多いという。また「屋敷門の炎上」など、過去の作品で使用した場面が何度も使われるケースもよくある。 題材となる人物やテーマに所縁のある地方とタイアップする事も多い。 毎年秋に各地で開催される「大菊人形展」はこの大河ドラマをテーマにするケースが多い。 また、第45作「功名が辻」からはアナログ放送、NHKワールドプレミアムの放送では映像比率を14:9のサイズにて放送されている。 2006年1月には大河ドラマとしては初めて続編が製作、放送された。これは2004年「新選組!」のその後を描いた作品で、大河ドラマでは局長・近藤勇が主役だったが、続編「新選組!!」では、副長・土方歳三にバトンタッチし、彼の最期の一日を描いた。 (フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)
参考:大河ドラマ一覧http://www.nhk.or.jp/pr/marukaji/m-taiga.htm
◆◆この映画をご覧になった方は感想をお寄せ下さい↓お寄せ頂いたお便りです。
【1/12(木)騎兵隊ものが好きになりました】
「以前はあまり西部劇は好きではありませんでしたが、今回の映画を見て騎兵隊ものが好きになりました。戦いというより人と人との関係を大切にしていると思いました。次に何をご紹介して頂けるのか大変楽しみにしています」 (埼玉 大久保)
☆☆大久保様、お便りありがとうございました。騎兵隊を題材にした映画はたくさんありますから楽しんで下さい。大久保様からもぜひ元気の出た映画をご紹介して下さい。(主宰 映画で元気)
◇◇貴方のご覧になった他の<元気の出た映画・ドラマ>をご紹介して下さい
↓お寄せ頂いたお便りです。
【東京の新田さんのオススメ映画「騎兵隊」】
「黄色いリボン」も好きですが、やはりジョン・ウェインと言うと「騎兵隊」の方が好きです。ジョン・ウェインとウィリアム・ホールデンの立場のちがう対立、北軍指揮官と南部女性との淡い恋等様々な見せ場がありなんとも言えません」(東京 新田)
☆☆新田様、実は第9号に取り上げる候補として「キ」のつくタイトルで「黄色いリボン」にするか、「騎兵隊」にするか迷いました。戦争嫌いが戦争をしなくてはならないという設定の中で見せられる数々のシーンは大変人間味があふれていますね。またお便りをお待ちしています。(主宰 映画で元気)
「騎兵隊」(きへいたい)
製作:1959年 アメリカ ユナイテッド・アーチスツ配給宝東和配給
解説:「最後の歓呼」のジョン・フォード監督の新作。主演には「リオ・ブラボー」のジョン・ウェインと「戦場の誓い」のウィリアム・ホールデンが顔を合せる。ハロルド・シンクレアの原作をジョン・リー・メインとマーティン・ラッキンが共同で脚色、撮影を「特攻決死隊」のウィリアム・H・クローシアが担当している。音楽はデイヴィッド・バトルフ。他に出演するのは新人コンスタンス・タワーズ、全米女子テニス選手権者アルシア・ギブスン、ラッセル・シンプソン、アンナ・リー、フート・ギブスンら。主題歌“アイ・レフト・マイ・ラブ"をウェブ・オーバーランダーとスタン・ジョーンズが作詞作曲している。製作ジョン・リー・メインとマーティン・ラッキン。 (goo映画案内より)
↓「騎兵隊」のDVD購入
騎兵隊
↓「騎兵隊」のDVDレンタル


<元気コメント>
これ以上は落ちようがないところまできた時、そこからどのように這い上がるのか。知恵と工夫を働かせて人の中へ飛び込み、臨機応変に対応していく。生涯に13回も名前を変えた斎藤道三の生き方の中から学ばせてもらいました。
<あらすじ>
斎藤道三編 :妙覚寺の法漣房は、松波庄九郎と名乗り、天下の主となる夢を持って寺を出ると、京の油屋・奈良屋をのっとり、莫大な資産を獲得した。だが彼は美濃にのぼり、土岐頼芸に仕える。かつては「知恵第一の法蓮房」と呼ばれた庄九郎は、策謀の限りを尽くして頼芸を追い出し、美濃を手中に入れる。名前がころころ変わる庄九郎は、出家して斎藤道三と名乗った。
織田信長編 :織田信長は道三の娘・濃姫と結婚した。道三の学識的な所を受け継いだのは明智光秀であり、革新的な所を受け継いだのは信長であった。道三は息子(正しく言えば頼芸の子)である義竜によって滅ぼされる。信長は義竜の子・竜興を破り、ついには京にのぼる。一方、信長に仕えるようになった光秀は、彼に敬服しながらも、家臣を使い捨てるように扱う信長に対して反感を持つ。それはやがて本能寺の変の因となっていく。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)
<データ>
「国盗り物語」
製作:1973年NHK
演出:斎藤暁、村上佑二、伊豫田静弘
原作 :司馬遼太郎
出演: 平幹二朗、高橋英樹、近藤正臣、池内淳子
・天下の制覇を夢見た斉藤道三、野望半ばにして倒れた道三の遺志を継いだ織田信長と明智光秀。三人の武将を中心に、下克上の乱世を生きた人々の激しい葛藤を、豪華キャスト共演でダイナミックに描いた名作大河ドラマ。原作は司馬遼太郎の菊池寛賞受賞作。(「DVD NAVIGATOR」データベースより)
↓「国盗り物語」のDVD購入
↓「国盗り物語」のDVDレンタル

↓「国盗り物語」の原作本購入
参考:大河ドラマ(たいがドラマ)
NHKが毎年、違うテーマで放映する時代劇ドラマシリーズである。主に歴史上の人物や事件などをテーマに、基本的に毎年1月から12月の1年間に49〜50回を通して放映される。しかし実在しない人物が登場することも多く、また作品によっては主人公も架空の人物の場合もある。出演者は通常のドラマで主役級の俳優・女優が共演することが多く、これに名脇役と呼ばれる方々も登場するため、普段は見られない顔合わせもよく見られる。
年末には総集編(ダイジェスト版、全部で3、4時間程度)も製作される。ただし作品によっては翌年に放送されたケースもある。また総集編は3回ないし4回に分けて放送されるが再放送はされない。第6作の「竜馬がゆく」までがモノクロ作品。通常は年間1作だが、1993年から1994年にかけては、第31作「琉球の風」が6ヶ月、第32作「炎立つ」と第33作「花の乱」がともに9ヶ月と短いシリーズが続き、この2年間は年2作品となった。視聴率は作品によって不安定であるが、戦国時代を扱った作品は安定していて、幕末を扱った作品は視聴率が取れない傾向にあると言われる。要因として、戦国時代のドラマはあまり流すことがなく、ほぼ大河の独壇場であるのに対して、幕末は民放でもよく放映される為、1年間見なくていいと思う人が多いと思われる。 NHK出版からの「大河ドラマ・ストーリー」や関連書籍も出版され、ビデオ・DVDなどソフト化もされている。
なお、1970年代中期までの作品は全話見ることがほとんど不可能(映像が現存しても、総集編、クライマックスの回、あるいは最終回程度しか現存していない場合が多い。当時はVTRの録画が2インチ規格でテープが高価なうえ操作・編集も煩雑だったことなどから、番組の資料保管は安易に行えなかった)。全話のソフト化で最も古い作品は1978年制作の「黄金の日日」となっている。 全般的に前半はロケシーンが多く、中盤にクライマックスがあり、後半は登場人物も徐々に減少し(役の人物が死ぬため)、スタジオ撮影のシーンが多くなるのが特徴である。 第25作「独眼竜政宗」で主演の渡辺謙のように、番組での好演がきっかけで有名になる例も多く、また第34作「八代将軍吉宗」では徳川家重を演じた中村梅雀が、主役の西田敏行をしのぐ演技を披露し評判を呼んだこともある。
合戦シーンなどではコンピュータグラフィックス(CG)を用いることも多くなっているが、出演者のスケジュールの都合により使用せざるを得ない場合も多いという。また「屋敷門の炎上」など、過去の作品で使用した場面が何度も使われるケースもよくある。 題材となる人物やテーマに所縁のある地方とタイアップする事も多い。 毎年秋に各地で開催される「大菊人形展」はこの大河ドラマをテーマにするケースが多い。 また、第45作「功名が辻」からはアナログ放送、NHKワールドプレミアムの放送では映像比率を14:9のサイズにて放送されている。 2006年1月には大河ドラマとしては初めて続編が製作、放送された。これは2004年「新選組!」のその後を描いた作品で、大河ドラマでは局長・近藤勇が主役だったが、続編「新選組!!」では、副長・土方歳三にバトンタッチし、彼の最期の一日を描いた。 (フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)
参考:大河ドラマ一覧http://www.nhk.or.jp/pr/marukaji/m-taiga.htm
◆◆この映画をご覧になった方は感想をお寄せ下さい↓お寄せ頂いたお便りです。
【1/12(木)騎兵隊ものが好きになりました】
「以前はあまり西部劇は好きではありませんでしたが、今回の映画を見て騎兵隊ものが好きになりました。戦いというより人と人との関係を大切にしていると思いました。次に何をご紹介して頂けるのか大変楽しみにしています」 (埼玉 大久保)
☆☆大久保様、お便りありがとうございました。騎兵隊を題材にした映画はたくさんありますから楽しんで下さい。大久保様からもぜひ元気の出た映画をご紹介して下さい。(主宰 映画で元気)
◇◇貴方のご覧になった他の<元気の出た映画・ドラマ>をご紹介して下さい
↓お寄せ頂いたお便りです。
【東京の新田さんのオススメ映画「騎兵隊」】
「黄色いリボン」も好きですが、やはりジョン・ウェインと言うと「騎兵隊」の方が好きです。ジョン・ウェインとウィリアム・ホールデンの立場のちがう対立、北軍指揮官と南部女性との淡い恋等様々な見せ場がありなんとも言えません」(東京 新田)
☆☆新田様、実は第9号に取り上げる候補として「キ」のつくタイトルで「黄色いリボン」にするか、「騎兵隊」にするか迷いました。戦争嫌いが戦争をしなくてはならないという設定の中で見せられる数々のシーンは大変人間味があふれていますね。またお便りをお待ちしています。(主宰 映画で元気)
「騎兵隊」(きへいたい)
製作:1959年 アメリカ ユナイテッド・アーチスツ配給宝東和配給
解説:「最後の歓呼」のジョン・フォード監督の新作。主演には「リオ・ブラボー」のジョン・ウェインと「戦場の誓い」のウィリアム・ホールデンが顔を合せる。ハロルド・シンクレアの原作をジョン・リー・メインとマーティン・ラッキンが共同で脚色、撮影を「特攻決死隊」のウィリアム・H・クローシアが担当している。音楽はデイヴィッド・バトルフ。他に出演するのは新人コンスタンス・タワーズ、全米女子テニス選手権者アルシア・ギブスン、ラッセル・シンプソン、アンナ・リー、フート・ギブスンら。主題歌“アイ・レフト・マイ・ラブ"をウェブ・オーバーランダーとスタン・ジョーンズが作詞作曲している。製作ジョン・リー・メインとマーティン・ラッキン。 (goo映画案内より)
↓「騎兵隊」のDVD購入
騎兵隊
↓「騎兵隊」のDVDレンタル

NO.15「黄色いリボン」
「黄色いリボン」 (キイロイリボン)
<元気コメント>
夕陽が沈む中から自分の名前を呼ぶ声が・・・。一生を賭けた仕事が間もなく終ろうする時、人はどのように生きるべきかを考えさせてくれました。
<あらすじ>
1876年。西部の白人達は、一斉蜂起したインディアン種族のために苦境に立たせられた。スタアク砦のブリトルス大尉(ジョン・ウェイン)は老齢のためあと6日で退役の身であったが、最後の奉公としてシャイアン族の掃蕩作戦を指揮することになった。亡き妻と息子の墓に別れを告げた大尉は、東部へ帰る隊長夫人(ミルドレッド・ナットウィック)とその姪オリヴィア(ジョン・ドリュウ)を護衛しつつ、タイリイ軍曹(ベン・ジョンソン)を先導として軍を進めた。しかし、2婦人が出発すべき駅馬車の宿駅はすでに焼き払われており、やむなく隊は砦に馬を返すことにした。オリヴィアをめぐって、若いコーヒル中尉(ジョン・エイガア)とペネル少尉(ハリー・ケリイ2世)の間には恋のさや当てが始まっていたが、1千に余るインディアンに追尾されていることが分かると、隊は個人の愛憎を捨てた。渡河点にコーヒル中尉を残して砦に引き揚げた本隊は、早速ペネル少尉を長として河に引き返した。隊員から餞別の時計を贈られた大尉は、従卒クィンカノン(ヴィクター・マクラグレン)を振切ってひとりカリフォルニアに旅立ったが、渡河点の隊員が気になって馬を返すと果して部下達は苦戦に陥っていた。大尉の作戦で隊はインディアン部落に夜討をかけ、馬を全部追払って敵を抗戦不能におとしいれてから、大尉は西へ去ったが、あとを追って来たタイリイ軍曹が携えてきたのは、彼を左官待遇でインディアン偵察官に任ずるという辞令だった。(goo映画案内より)
<データ>
「黄色いリボン」(SHE WORE A YELLOW RIBBON)
製作:1949年 アメリカ セントラル配給
監督:ジョン・フォード(John Ford)
原作:ジェームズ・ワーナー・ベラ(James Warner Bellah)
出演:ジョン・ウェイン(John Wayne)−Cap.Brittles
ジョーン・ドルー(Joanne Dru)−Olivia
ジョン・エイガー(John Agar)−Lt.Cohill
ベン・ジョンソン(Ben Johnson)−Tyree
ハリー・ケリー・Jr(Harry Carey,Jr.)− (Lt.Pennell)
ヴィクター・マクラグレン(Victor McLaglen)
ミルドレッド・ナトウィック(Mildred Natwick)
フランシス・フォード(Francis Ford)
・「幌馬車(1950)」と同じく、ジョン・フォードがメリアン・C・クーパーと組んだアーゴシイ・ピクチュア・プロダクションの1949年度色彩西部劇。サタディ・イヴニング・ポスト誌所載のジェームズ・ワーナー・ベラの原作を、「幌馬車(1950)」のフランク・S・ニュージェントと、「ジャングル・ブック(1942)」の潤色者で劇評価のローレンス・ストーリングスが共同脚色、ジョン・フォード(「幌馬車(1950)」)が監督している。撮影は新人のウィントン・ホッホとチャールズ・ボイル、音楽監督はルシアン・カイリエ。主演は「男性都市」のジョン・ウェインが老大尉に扮し、「幌馬車(1950)」の主要メンバーであるジョアン・ドルー、ベン・ジョンソン、ハリー・ケイリー・ジュニア、「アパッチ砦」のジョン・エイガー及び「男の敵」以来フォードお気に入りのヴィクター・マクラグレンが共演、他に、ミルドレッド・ナットウィック、ジョージ・オブライエン、アーサー・シールズ、マイケル・デュウガンらが助演する。ジョン・フォード&ジョン・ウェインのコンビで贈る騎兵隊シリーズ第2作。第22回アカデミー撮影賞受賞。騎兵隊シリーズ第1作は「アパッチ砦」(1948)第2作は「リオ・グランデの砦」(1950)と言われている。
↓「黄色いリボン」のDVD購入
↓「黄色いリボン」のDVDレンタル


参考:主題歌「黄色いリボン」
主題歌「黄色いリボン」はあまりにも有名だが、そもそも恋人への愛の告白を謳ったアメリカ民謡。MIDIで聞ける「黄色いリボン」と黄色いリボンにまつわるお話は、 「ドナドナ研究室 ファイルNo.009 黄色いリボン」 で。
黄色いリボンの由来
参考:ジョン・ウェイン(John Wayne, 1907年5月26日 - 1979年6月11日)
アメリカの俳優。「デューク」の愛称で呼ばれた。彼はアイオワ州ウィンターセットで生まれ、マリオン・ロバート・モリソンと命名された。しかし両親が彼の弟をロバートと名付けることを決め、彼はマリオン・マイケル・モリソンと名付けられた。一家は1911年にカリフォルニア州グレンデールに転居し、その地での隣人が彼を「ビッグ・デューク」と呼び始めた。彼はどこへ行くにも「リトル・デューク」と名付けられたエアデール犬を連れていたためである。彼は「デューク」を本名の「マリオン」より好み、残りの生涯その名を使用した。アメリカ海軍兵学校を卒業した後、彼は南カリフォルニア大学に入学した。そこで彼は伝説のコーチ、ハワード・ジョーンズの下フットボールに取り組んだ。しかしながら、海岸での水泳中に怪我が彼の運動競技経歴を奪った。彼は怪我の原因が明らかになった時のジョーンズの反応を恐れたと後に記している。
大学在学中、ウェインは田舎の映画スタジオで働き始めた。ウェスタン映画のスター、トム・ミックスはフットボールのチケットと交換に夏の間の大道具係の仕事を彼に世話してやった。ウェインは大道具係からすぐに映画の端役に選ばれ、そこで監督のジョン・フォードとの友情を固めた。彼の最初のクレジット入り映画はラオール・ウォルシュ監督の『ビッグ・トレイル』であった。ウオルシュがアメリカ独立戦争での将軍、「マッド・アントニー」ウェインから取った「ジョン・ウェイン」の芸名を彼に与えた。ウェインとフォードの間の友情は彼らを多くの作品で共に働かせ、幾つかはウェインの代表作となった。ウェインは1928年の端役から始まり、続く35年間で『駅馬車』、『黄色いリボン』、『静かなる男』、『捜索者』、『荒鷲の翼』、『リバティ・バランスを射った男』と言ったフォードの映画20作以上に出演した。ウェインは西部劇や戦争映画において強く英雄的な役割を多く演じた。しかし彼はコメディ映画やNBCのコメディ『ラフ・イン』にピンクのウサギの着ぐるみで出演するなどユーモアの感覚も持ち合わせていた。
彼は多くの戦争映画に出演し「アメリカの英雄」として賞賛されたが、現実には兵役には就かなかった。1940年に徴兵が復活し、1945年に第二次世界大戦が終了するまで彼はハリウッドに残って21作の映画に出演した。1941年の真珠湾攻撃当時彼は34歳で徴兵の該当年齢であったが、家族依存の理由で 3-A に分類され徴兵猶予を申請し受理された。これには国中の興味が集まり、後に 2-A に変更された。彼は多くの作品に出演したにもかかわらず、オスカーは1969年の『勇気ある追跡』での最優秀主演男優賞のみであった。彼は『硫黄島の砂』で最優秀主演男優賞、監督した『アラモ』で最優秀作品賞のノミネートを受けた。彼の制作会社は「バジャック」(Batjac)という名であったが、それは『絶海の嵐』での彼の役のミススペルである。ジョン・ウェインは1979年6月11日にカリフォルニア州ニューポートビーチで胃癌で死去し、カリフォルニア州オレンジ郡のコロナ・デル・マーにあるパシフィック・ビュー・メモリアル・パーク墓地に埋葬された。彼の癌の原因の一つとして考えられるのは、『征服者』の撮影がネバダ州核実験場の100マイル風下で行われたこととされる。
彼は3回結婚した。妻はジョゼフィン・アリシア・シーンズ、エスペランザ・バウアー、パイラー・パレット。彼にはジョゼフィンとの間に4人、パイラーとの間に3人の子供がいた。最も有名なのはパトリック・ウェインである。彼の子供のうち1人を除いて全員が映画俳優となった。カリフォルニア州オレンジ郡のジョン・ウェイン空港は彼にちなんで命名された。一方、快楽殺人を犯したジョン(・ウェイン)・ゲイシーも、彼にちなんで名付けられたと言われる。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)より)
◆◆この映画をご覧になった方は感想をお寄せ下さい↓お寄せ頂いたお便りです。
【私の家の近くにも大きな煙突が】
「キューポラって最初は意味がわかりませんでしたが、解説と映画をみてわかりました。私の家の近くにも大きな煙突がいくつも見えますがあまり親しみを感じません。この映画では街並みのイメージが時代を現しているだけではなくて、その雰囲気が伝わってきてなんだかほのぼのとしました。古い映画もいいものだと思いました。これからもいい映画を紹介して下さい。楽しみにしています」 (神奈川 伊東)
☆☆ 伊東様、お便りありがとうございました。映画を通してその時代を感じることができるというは私も同じでした。伊藤様からもぜひ元気の出た映画をご紹介して下さい。(主宰 映画で元気)
◇◇貴方のご覧になった他の<元気の出た映画・ドラマ>をご紹介して下さい
↓お寄せ頂いたお便りです。
【香川の大田さんのオススメ映画「キタキツネ物語」】
「キタキツネ物語が好きです。子供の頃に見て以来いくつになってもふと見たくなる一品です。だんだんレイラに感情移入しそうになります。そしてフレップのような男性が現われて欲しいなんて・・・(笑)」 (香川 大田)
☆☆キタキツネという視点から日常生活の場を見るということで感動的な映画ですね。私は特に子別れのシーンに野生の掟を感じていました。またお便りをお待ちしています。 (主宰 映画で元気)
「キタキツネ物語」(キタキツネモノガタリ)
製作:1978年 東宝東和配給
解説:生態のよく知られていないキタキツネを主人公に、オホーツク海に臨む北海道の雄大な四季の中で、キツネ・ファミリーの生活を追い、ドラマに構成した。脚本・監督は「雨のアムステルダム」の蔵原惟繕、撮影は栃沢正夫らがそれぞれ担当。 (goo映画案内より)
↓「キタキツネ物語」のDVD購入
北キツネ物語
↓「キタキツネ物語」のDVDレンタル購入

<元気コメント>
夕陽が沈む中から自分の名前を呼ぶ声が・・・。一生を賭けた仕事が間もなく終ろうする時、人はどのように生きるべきかを考えさせてくれました。
<あらすじ>
1876年。西部の白人達は、一斉蜂起したインディアン種族のために苦境に立たせられた。スタアク砦のブリトルス大尉(ジョン・ウェイン)は老齢のためあと6日で退役の身であったが、最後の奉公としてシャイアン族の掃蕩作戦を指揮することになった。亡き妻と息子の墓に別れを告げた大尉は、東部へ帰る隊長夫人(ミルドレッド・ナットウィック)とその姪オリヴィア(ジョン・ドリュウ)を護衛しつつ、タイリイ軍曹(ベン・ジョンソン)を先導として軍を進めた。しかし、2婦人が出発すべき駅馬車の宿駅はすでに焼き払われており、やむなく隊は砦に馬を返すことにした。オリヴィアをめぐって、若いコーヒル中尉(ジョン・エイガア)とペネル少尉(ハリー・ケリイ2世)の間には恋のさや当てが始まっていたが、1千に余るインディアンに追尾されていることが分かると、隊は個人の愛憎を捨てた。渡河点にコーヒル中尉を残して砦に引き揚げた本隊は、早速ペネル少尉を長として河に引き返した。隊員から餞別の時計を贈られた大尉は、従卒クィンカノン(ヴィクター・マクラグレン)を振切ってひとりカリフォルニアに旅立ったが、渡河点の隊員が気になって馬を返すと果して部下達は苦戦に陥っていた。大尉の作戦で隊はインディアン部落に夜討をかけ、馬を全部追払って敵を抗戦不能におとしいれてから、大尉は西へ去ったが、あとを追って来たタイリイ軍曹が携えてきたのは、彼を左官待遇でインディアン偵察官に任ずるという辞令だった。(goo映画案内より)
<データ>
「黄色いリボン」(SHE WORE A YELLOW RIBBON)
製作:1949年 アメリカ セントラル配給
監督:ジョン・フォード(John Ford)
原作:ジェームズ・ワーナー・ベラ(James Warner Bellah)
出演:ジョン・ウェイン(John Wayne)−Cap.Brittles
ジョーン・ドルー(Joanne Dru)−Olivia
ジョン・エイガー(John Agar)−Lt.Cohill
ベン・ジョンソン(Ben Johnson)−Tyree
ハリー・ケリー・Jr(Harry Carey,Jr.)− (Lt.Pennell)
ヴィクター・マクラグレン(Victor McLaglen)
ミルドレッド・ナトウィック(Mildred Natwick)
フランシス・フォード(Francis Ford)
・「幌馬車(1950)」と同じく、ジョン・フォードがメリアン・C・クーパーと組んだアーゴシイ・ピクチュア・プロダクションの1949年度色彩西部劇。サタディ・イヴニング・ポスト誌所載のジェームズ・ワーナー・ベラの原作を、「幌馬車(1950)」のフランク・S・ニュージェントと、「ジャングル・ブック(1942)」の潤色者で劇評価のローレンス・ストーリングスが共同脚色、ジョン・フォード(「幌馬車(1950)」)が監督している。撮影は新人のウィントン・ホッホとチャールズ・ボイル、音楽監督はルシアン・カイリエ。主演は「男性都市」のジョン・ウェインが老大尉に扮し、「幌馬車(1950)」の主要メンバーであるジョアン・ドルー、ベン・ジョンソン、ハリー・ケイリー・ジュニア、「アパッチ砦」のジョン・エイガー及び「男の敵」以来フォードお気に入りのヴィクター・マクラグレンが共演、他に、ミルドレッド・ナットウィック、ジョージ・オブライエン、アーサー・シールズ、マイケル・デュウガンらが助演する。ジョン・フォード&ジョン・ウェインのコンビで贈る騎兵隊シリーズ第2作。第22回アカデミー撮影賞受賞。騎兵隊シリーズ第1作は「アパッチ砦」(1948)第2作は「リオ・グランデの砦」(1950)と言われている。
↓「黄色いリボン」のDVD購入
↓「黄色いリボン」のDVDレンタル

参考:主題歌「黄色いリボン」
主題歌「黄色いリボン」はあまりにも有名だが、そもそも恋人への愛の告白を謳ったアメリカ民謡。MIDIで聞ける「黄色いリボン」と黄色いリボンにまつわるお話は、 「ドナドナ研究室 ファイルNo.009 黄色いリボン」 で。
黄色いリボンの由来
参考:ジョン・ウェイン(John Wayne, 1907年5月26日 - 1979年6月11日)
アメリカの俳優。「デューク」の愛称で呼ばれた。彼はアイオワ州ウィンターセットで生まれ、マリオン・ロバート・モリソンと命名された。しかし両親が彼の弟をロバートと名付けることを決め、彼はマリオン・マイケル・モリソンと名付けられた。一家は1911年にカリフォルニア州グレンデールに転居し、その地での隣人が彼を「ビッグ・デューク」と呼び始めた。彼はどこへ行くにも「リトル・デューク」と名付けられたエアデール犬を連れていたためである。彼は「デューク」を本名の「マリオン」より好み、残りの生涯その名を使用した。アメリカ海軍兵学校を卒業した後、彼は南カリフォルニア大学に入学した。そこで彼は伝説のコーチ、ハワード・ジョーンズの下フットボールに取り組んだ。しかしながら、海岸での水泳中に怪我が彼の運動競技経歴を奪った。彼は怪我の原因が明らかになった時のジョーンズの反応を恐れたと後に記している。
大学在学中、ウェインは田舎の映画スタジオで働き始めた。ウェスタン映画のスター、トム・ミックスはフットボールのチケットと交換に夏の間の大道具係の仕事を彼に世話してやった。ウェインは大道具係からすぐに映画の端役に選ばれ、そこで監督のジョン・フォードとの友情を固めた。彼の最初のクレジット入り映画はラオール・ウォルシュ監督の『ビッグ・トレイル』であった。ウオルシュがアメリカ独立戦争での将軍、「マッド・アントニー」ウェインから取った「ジョン・ウェイン」の芸名を彼に与えた。ウェインとフォードの間の友情は彼らを多くの作品で共に働かせ、幾つかはウェインの代表作となった。ウェインは1928年の端役から始まり、続く35年間で『駅馬車』、『黄色いリボン』、『静かなる男』、『捜索者』、『荒鷲の翼』、『リバティ・バランスを射った男』と言ったフォードの映画20作以上に出演した。ウェインは西部劇や戦争映画において強く英雄的な役割を多く演じた。しかし彼はコメディ映画やNBCのコメディ『ラフ・イン』にピンクのウサギの着ぐるみで出演するなどユーモアの感覚も持ち合わせていた。
彼は多くの戦争映画に出演し「アメリカの英雄」として賞賛されたが、現実には兵役には就かなかった。1940年に徴兵が復活し、1945年に第二次世界大戦が終了するまで彼はハリウッドに残って21作の映画に出演した。1941年の真珠湾攻撃当時彼は34歳で徴兵の該当年齢であったが、家族依存の理由で 3-A に分類され徴兵猶予を申請し受理された。これには国中の興味が集まり、後に 2-A に変更された。彼は多くの作品に出演したにもかかわらず、オスカーは1969年の『勇気ある追跡』での最優秀主演男優賞のみであった。彼は『硫黄島の砂』で最優秀主演男優賞、監督した『アラモ』で最優秀作品賞のノミネートを受けた。彼の制作会社は「バジャック」(Batjac)という名であったが、それは『絶海の嵐』での彼の役のミススペルである。ジョン・ウェインは1979年6月11日にカリフォルニア州ニューポートビーチで胃癌で死去し、カリフォルニア州オレンジ郡のコロナ・デル・マーにあるパシフィック・ビュー・メモリアル・パーク墓地に埋葬された。彼の癌の原因の一つとして考えられるのは、『征服者』の撮影がネバダ州核実験場の100マイル風下で行われたこととされる。
彼は3回結婚した。妻はジョゼフィン・アリシア・シーンズ、エスペランザ・バウアー、パイラー・パレット。彼にはジョゼフィンとの間に4人、パイラーとの間に3人の子供がいた。最も有名なのはパトリック・ウェインである。彼の子供のうち1人を除いて全員が映画俳優となった。カリフォルニア州オレンジ郡のジョン・ウェイン空港は彼にちなんで命名された。一方、快楽殺人を犯したジョン(・ウェイン)・ゲイシーも、彼にちなんで名付けられたと言われる。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)より)
◆◆この映画をご覧になった方は感想をお寄せ下さい↓お寄せ頂いたお便りです。
【私の家の近くにも大きな煙突が】
「キューポラって最初は意味がわかりませんでしたが、解説と映画をみてわかりました。私の家の近くにも大きな煙突がいくつも見えますがあまり親しみを感じません。この映画では街並みのイメージが時代を現しているだけではなくて、その雰囲気が伝わってきてなんだかほのぼのとしました。古い映画もいいものだと思いました。これからもいい映画を紹介して下さい。楽しみにしています」 (神奈川 伊東)
☆☆ 伊東様、お便りありがとうございました。映画を通してその時代を感じることができるというは私も同じでした。伊藤様からもぜひ元気の出た映画をご紹介して下さい。(主宰 映画で元気)
◇◇貴方のご覧になった他の<元気の出た映画・ドラマ>をご紹介して下さい
↓お寄せ頂いたお便りです。
【香川の大田さんのオススメ映画「キタキツネ物語」】
「キタキツネ物語が好きです。子供の頃に見て以来いくつになってもふと見たくなる一品です。だんだんレイラに感情移入しそうになります。そしてフレップのような男性が現われて欲しいなんて・・・(笑)」 (香川 大田)
☆☆キタキツネという視点から日常生活の場を見るということで感動的な映画ですね。私は特に子別れのシーンに野生の掟を感じていました。またお便りをお待ちしています。 (主宰 映画で元気)
「キタキツネ物語」(キタキツネモノガタリ)
製作:1978年 東宝東和配給
解説:生態のよく知られていないキタキツネを主人公に、オホーツク海に臨む北海道の雄大な四季の中で、キツネ・ファミリーの生活を追い、ドラマに構成した。脚本・監督は「雨のアムステルダム」の蔵原惟繕、撮影は栃沢正夫らがそれぞれ担当。 (goo映画案内より)
↓「キタキツネ物語」のDVD購入
北キツネ物語
↓「キタキツネ物語」のDVDレンタル購入

NO.14「キューポラのある街」
「キューポラのある街」(きゅーぽらのあるまち)
<元気コメント>
技術立国日本を支えたのは中小の町工場であるという。貧しさの中に見せる生きることへの喜びが私を支えてくれました。
<あらすじ>
鋳物の町として有名な埼玉県川口市。銑鉄溶解炉キューポラやこしきが林立するこの町は、昔から鉄と火と汗に汚れた鋳物職人の町である。石黒辰五郎も、昔怪我をした足をひきずりながらも、職人気質一途にこしきを守って来た炭たきである。この辰五郎のつとめている松永工場には五、六人の職工しかおらず、それも今年二十歳の塚本克巳を除いては中老の職工ばかり、それだけにこの工場が丸三という大工場に買収され、そのためクビになった辰五郎ほかの職工は翌日から路頭に迷うより仕方なかった。辰五郎の家は妻トミ、長女ジュン、長男タカユキ、次男テツハルの五人家族。路地裏の長屋に住んでいた。辰五郎がクビになった夜、トミはとある小病院の一室で男児を生んだが辰五郎はやけ酒を飲み歩いて病院へは顔も出さなかった。その後、退職の涙金も出ず辰五郎の家は苦しくなった。そしてささいなことでタカユキが家をとびだすような大さわぎがおこった。タカユキはサンキチのところへ逃げ込んだ。サンキチの父親が朝鮮人だというので辰五郎はタカユキがサンキチとつきあうのを喜ばなかった。そのうえ克巳が辰五郎の退職金のことでかけあって来ると、「職人がアカの世話になっちゃあ」といって皆を唖然とさせた。しかしタカユキが鳩のヒナのことで開田組のチンピラにインネンをつけられたことを知ったジュンは、敢然とチンピラの本拠へ乗り込んでタカユキを救った。貧しいながらこの姉弟の心のなかには暖かしい未来の灯があかあかとともっていた。やっとジュンの親友ノブコの父の会社に仕事がみつかった辰五郎も、新しい技術についてゆけずやめてしまいジュンを悲しませた。街をさまよったジュンは、トミが町角の飲み屋で男たちと嬌声をあげるのを見てしまった。不良の級友リスにバーにつれていかれ睡眠薬をのまされてしまったジュンは、危機一髪のところで克巳が誘導した刑事に助けられた。学校に行かなくなったジュンを野田先生の温情がつれもどした。やがて石黒家にも春がめぐって来た。克巳の会社が大拡張され、克巳の世話で辰五郎もその工場に行くこととなった。ジュンも昼間働きながら夜間高校に行くようになった。克巳もこの一家の喜びがわがことのように思えてならなかった。石黒家は久し振りの笑い声でいっぱいだった。(goo映画案内より)
<データ>
「キューポラのある街」
制作:1962年 日活
監督:浦山桐郎
原作:早船ちよ
出演:東野英治郎−石黒辰五郎(鋳造工)
杉山徳子−トミ(妻)
吉永小百合−ジュン(長女・中学三年)
市川好郎−タカユキ(長男・小学六年)
鈴木光子−金山ヨシエ(ジュンの友達)
森坂秀樹−サンキチ(タカユキの友達)
浜村純−父
菅井きん−母美代
浜田光夫−塚本克巳(鋳造工)
・早船ちよの原作を「豚と軍艦」の今村昌平と、その門下にあった浦山桐郎が共同で脚色、監督した社会ドラマ。撮影は「ずらり俺たちゃ用心棒」の姫田真佐久。
↓「キューポラのある街」のDVD購入
↓「キューポラのある街」のDVDレンタル


本「キューポラのある街」 著:早船 ちよ 講談社
↓「キューポラのある街」の原作本購入
参考:史上最年少のブルーリボン賞
当時18歳の吉永小百合は、 本作で史上最年少のブルーリボン賞主演女優賞を受賞した。また、 日活映画を支えたベテラン陣の助演にも注目したい作品。浦山桐郎監督のデビュー作でもある。
参考:キューポラと川口
埼玉県川口市は鋳物の街である。「キューポラ」とは、鋳物をつくるために鉄を溶かす溶銑炉のことだ。鋳物工場の屋根から飛び出た煙突があちらこちらで煙をたなびかせている。
川口の今は"キューポラの街"に高層マンション林立"
参考:著者 早船 ちよ(はやふね ちよ)
(大正3年(1914年)7月25日 - 平成17年(2005年)10月8日)は日本の小説家。岐阜県高山市出身。
高山女子高等小卒。地元新聞社社員、看護婦見習などを経て、1933(昭和8)年上京。当時の生活綴方(つづりかた)運動に携わっていた評論家の故井野川潔(いのがわ・きよし)氏と結婚、小説を書き始めた。 1944年、埼玉県に疎開。61年に鋳物工場の町・川口を舞台にたくましく生きる少年少女を描いた小説「キューポラのある街」を出版した。同作は日本児童文学者協会賞などを受賞し、吉永小百合(よしなが・さゆり)さん主演で映画化され幅広いファンを得た。また、井野川氏らと「児童文化の会」を結成、子供のための文化運動も続けてきたが、1989年に脳梗塞で倒れ、以後療養生活を送っていた。作品は他に、自伝的6部作「ちさ・女の歴史」、「トーキョー夢の島」、「ポンのヒッチハイク」等多数の作品がある。2005年に老衰のため、神奈川県湯河原町の病院で死去。享年91歳。参考:『キューポラのある街』は、昭和34年から35年にかけて雑誌『母と子』に連載された。
◆◆この映画をご覧になった方は感想をお寄せ下さい
↓お寄せ頂いたお便りです。
【ぜんぜん関係ない話ですけど】
「静岡の田口さんへのお返事を読んでわかりました。毎週掲載される順番は50音順だったのですね。では、次号は「き」でしょうか?何が掲載されるのか楽しみです」 (岡山 飯田)
☆☆ 飯田様、お便りありがとうございました。どういう順番に掲載すればいいかと考えて、結局わかりやすくということで、邦画と洋画を五十音で交互にとしました。ただ同じ文字頭でたくさん候補ある場合も困りますし、まるで候補がない場合も困ります。 (主宰 映画で元気)
◇◇貴方のご覧になった他の<元気の出た映画・ドラマ>をご紹介して下さい
↓お寄せ頂いたお便りです。
【仙台のカワイさんのオススメ映画「眼下の敵」】
「頭に「か」が付くということでは「眼下の敵」がお勧めです。ロバート・ミッチャムとクルト・ユルゲンスの男同士の闘いが何とも言えません」 (仙台 カワイ)
☆☆ 海上と海中という互いに姿が見えない舞台での緊張感がビリビリと伝わってくる映画ですね。ラストの初めて互いに顔合わせるシーンは感動ものだと思います。またオススメ映画のお便りをお待ちしています。(主宰 映画で元気)
「眼下の敵」(がんかのてき):(The Enemy Below) 製作:1957年 アメリカ 20世紀フォックス配給
あらすじ:イギリス海軍中佐D・A・レイナーが自分の体験にもとづいて書いた処女小説「水面下の敵」の映画化で、第二次大戦におけるイギリス駆逐艦とドイツ・Uボートとの戦いを描く戦記もの。「翼よ!あれが巴里の灯
だ」の共同脚色者の1人、ウェンデル・メイスが脚色、「夜の乗合自動車」のディック・パウエルが監督した。撮影は「悪い種子」のハロルド・ロッソン、音楽は「気まぐれバス」のリー・ハーライン。主演は「海の荒
くれ」のロバート・ミッチャム、「素直な悪女」のクルト・ユールゲンス、新人アル・ヘディソン、「アフリカの女王」のセオドア・バイケル。
↓「眼下の敵」のDVD購入
眼下の敵
↓「眼下の敵」のDVDレンタル

<元気コメント>
技術立国日本を支えたのは中小の町工場であるという。貧しさの中に見せる生きることへの喜びが私を支えてくれました。
<あらすじ>
鋳物の町として有名な埼玉県川口市。銑鉄溶解炉キューポラやこしきが林立するこの町は、昔から鉄と火と汗に汚れた鋳物職人の町である。石黒辰五郎も、昔怪我をした足をひきずりながらも、職人気質一途にこしきを守って来た炭たきである。この辰五郎のつとめている松永工場には五、六人の職工しかおらず、それも今年二十歳の塚本克巳を除いては中老の職工ばかり、それだけにこの工場が丸三という大工場に買収され、そのためクビになった辰五郎ほかの職工は翌日から路頭に迷うより仕方なかった。辰五郎の家は妻トミ、長女ジュン、長男タカユキ、次男テツハルの五人家族。路地裏の長屋に住んでいた。辰五郎がクビになった夜、トミはとある小病院の一室で男児を生んだが辰五郎はやけ酒を飲み歩いて病院へは顔も出さなかった。その後、退職の涙金も出ず辰五郎の家は苦しくなった。そしてささいなことでタカユキが家をとびだすような大さわぎがおこった。タカユキはサンキチのところへ逃げ込んだ。サンキチの父親が朝鮮人だというので辰五郎はタカユキがサンキチとつきあうのを喜ばなかった。そのうえ克巳が辰五郎の退職金のことでかけあって来ると、「職人がアカの世話になっちゃあ」といって皆を唖然とさせた。しかしタカユキが鳩のヒナのことで開田組のチンピラにインネンをつけられたことを知ったジュンは、敢然とチンピラの本拠へ乗り込んでタカユキを救った。貧しいながらこの姉弟の心のなかには暖かしい未来の灯があかあかとともっていた。やっとジュンの親友ノブコの父の会社に仕事がみつかった辰五郎も、新しい技術についてゆけずやめてしまいジュンを悲しませた。街をさまよったジュンは、トミが町角の飲み屋で男たちと嬌声をあげるのを見てしまった。不良の級友リスにバーにつれていかれ睡眠薬をのまされてしまったジュンは、危機一髪のところで克巳が誘導した刑事に助けられた。学校に行かなくなったジュンを野田先生の温情がつれもどした。やがて石黒家にも春がめぐって来た。克巳の会社が大拡張され、克巳の世話で辰五郎もその工場に行くこととなった。ジュンも昼間働きながら夜間高校に行くようになった。克巳もこの一家の喜びがわがことのように思えてならなかった。石黒家は久し振りの笑い声でいっぱいだった。(goo映画案内より)
<データ>
「キューポラのある街」
制作:1962年 日活
監督:浦山桐郎
原作:早船ちよ
出演:東野英治郎−石黒辰五郎(鋳造工)
杉山徳子−トミ(妻)
吉永小百合−ジュン(長女・中学三年)
市川好郎−タカユキ(長男・小学六年)
鈴木光子−金山ヨシエ(ジュンの友達)
森坂秀樹−サンキチ(タカユキの友達)
浜村純−父
菅井きん−母美代
浜田光夫−塚本克巳(鋳造工)
・早船ちよの原作を「豚と軍艦」の今村昌平と、その門下にあった浦山桐郎が共同で脚色、監督した社会ドラマ。撮影は「ずらり俺たちゃ用心棒」の姫田真佐久。
↓「キューポラのある街」のDVD購入
↓「キューポラのある街」のDVDレンタル

本「キューポラのある街」 著:早船 ちよ 講談社
↓「キューポラのある街」の原作本購入
参考:史上最年少のブルーリボン賞
当時18歳の吉永小百合は、 本作で史上最年少のブルーリボン賞主演女優賞を受賞した。また、 日活映画を支えたベテラン陣の助演にも注目したい作品。浦山桐郎監督のデビュー作でもある。
参考:キューポラと川口
埼玉県川口市は鋳物の街である。「キューポラ」とは、鋳物をつくるために鉄を溶かす溶銑炉のことだ。鋳物工場の屋根から飛び出た煙突があちらこちらで煙をたなびかせている。
川口の今は"キューポラの街"に高層マンション林立"
参考:著者 早船 ちよ(はやふね ちよ)
(大正3年(1914年)7月25日 - 平成17年(2005年)10月8日)は日本の小説家。岐阜県高山市出身。
高山女子高等小卒。地元新聞社社員、看護婦見習などを経て、1933(昭和8)年上京。当時の生活綴方(つづりかた)運動に携わっていた評論家の故井野川潔(いのがわ・きよし)氏と結婚、小説を書き始めた。 1944年、埼玉県に疎開。61年に鋳物工場の町・川口を舞台にたくましく生きる少年少女を描いた小説「キューポラのある街」を出版した。同作は日本児童文学者協会賞などを受賞し、吉永小百合(よしなが・さゆり)さん主演で映画化され幅広いファンを得た。また、井野川氏らと「児童文化の会」を結成、子供のための文化運動も続けてきたが、1989年に脳梗塞で倒れ、以後療養生活を送っていた。作品は他に、自伝的6部作「ちさ・女の歴史」、「トーキョー夢の島」、「ポンのヒッチハイク」等多数の作品がある。2005年に老衰のため、神奈川県湯河原町の病院で死去。享年91歳。参考:『キューポラのある街』は、昭和34年から35年にかけて雑誌『母と子』に連載された。
◆◆この映画をご覧になった方は感想をお寄せ下さい
↓お寄せ頂いたお便りです。
【ぜんぜん関係ない話ですけど】
「静岡の田口さんへのお返事を読んでわかりました。毎週掲載される順番は50音順だったのですね。では、次号は「き」でしょうか?何が掲載されるのか楽しみです」 (岡山 飯田)
☆☆ 飯田様、お便りありがとうございました。どういう順番に掲載すればいいかと考えて、結局わかりやすくということで、邦画と洋画を五十音で交互にとしました。ただ同じ文字頭でたくさん候補ある場合も困りますし、まるで候補がない場合も困ります。 (主宰 映画で元気)
◇◇貴方のご覧になった他の<元気の出た映画・ドラマ>をご紹介して下さい
↓お寄せ頂いたお便りです。
【仙台のカワイさんのオススメ映画「眼下の敵」】
「頭に「か」が付くということでは「眼下の敵」がお勧めです。ロバート・ミッチャムとクルト・ユルゲンスの男同士の闘いが何とも言えません」 (仙台 カワイ)
☆☆ 海上と海中という互いに姿が見えない舞台での緊張感がビリビリと伝わってくる映画ですね。ラストの初めて互いに顔合わせるシーンは感動ものだと思います。またオススメ映画のお便りをお待ちしています。(主宰 映画で元気)
「眼下の敵」(がんかのてき):(The Enemy Below) 製作:1957年 アメリカ 20世紀フォックス配給
あらすじ:イギリス海軍中佐D・A・レイナーが自分の体験にもとづいて書いた処女小説「水面下の敵」の映画化で、第二次大戦におけるイギリス駆逐艦とドイツ・Uボートとの戦いを描く戦記もの。「翼よ!あれが巴里の灯
だ」の共同脚色者の1人、ウェンデル・メイスが脚色、「夜の乗合自動車」のディック・パウエルが監督した。撮影は「悪い種子」のハロルド・ロッソン、音楽は「気まぐれバス」のリー・ハーライン。主演は「海の荒
くれ」のロバート・ミッチャム、「素直な悪女」のクルト・ユールゲンス、新人アル・ヘディソン、「アフリカの女王」のセオドア・バイケル。
↓「眼下の敵」のDVD購入
眼下の敵
↓「眼下の敵」のDVDレンタル

NO.13「ガンジー」
「ガンジー」
<元気コメント>
非暴力、断食、暴力を恐れない行動等、不正に対しては身を削ってでも信念を貫くという人間の理想を追い求める姿に感動し、生きることの喜びを与えてくれました。
<あらすじ>
南アフリカ、1893年。皮膚の浅黒い一人の青年紳士が列車の一等車に乗っていたため放り出された。この人種差別に、青年は激しい怒りを覚えた。青年の名はモハンダス・K・ガンジー(ベン・キングズレー)。ロンドンで学んだ彼は、インド人商社の顧問弁護士として南アフリカのダーバンへ渡って来たのだ。彼はインド人移民に呼びかけて、身分証明カードを焼き拾てることを提唱
する。そんな彼を支援するイギリス人牧師アンドリューズ(イアン・チャールソン)と、取材にあたる『ニューヨーク・タイムズ』の記者ウォーカー(マーティン・シーン)。ガンジーは暴力をいっさい用いずに闘うことを信条とし、"生涯禁欲"の誓いを立て、アシュラム(共同農園)を建設。彼の差別反対闘争にインド人労働者たちも次第に結束し始めた。1915年ボンベイに戻ったガンジーはインド国民から英雄として迎えられた。当時、インドの指導的立場にある人々は、イギリスからの独立を願っており、彼らの中には、後に首相となるネール(ロシャン・セス)もいた。ガンジーはイギリス支配下にある祖国をつぶさに見て歩き、チャンパランという寒村では、小作人の権利を守るため地主と闘い逮捕された。イギリスは言論、思想、集会の自由を抑圧した法律を第一次大戦後のインドに適用したため、ガンジーは1919年4月6日を全国民の祈りと断食の日とし、ストライキを呼びかけた。ガンジーは逮捕されたが、今や"マハトマ(偉大なる魂)"と呼ばれ、全国民の精神的支柱となった彼を裁判にかけることは不可能だった。だが、この騒動の際中に、イギリスのダイヤー将軍(エドワード・フォックス)率いる軍隊が、アムリツァールの公園で集会中の群衆に発砲し1516人の死傷者を出すという事件が起こった。2年後、ガンジーは、英国製の衣類を焼くように呼びかけるなどイギリスに抵抗するが、国民のイギリスに対する不満は、流血の暴動となって現われた。これを嘆いたガンジーは断食で無言の説得を行ない鎮静させる。その直後ガンジーはイギリスに対する非協力で逮捕され、6年の刑で投獄された。だが、判事のブルームフィールド(トレヴァー・ハワード)は、ガンジーに同情的だった。数年後、ガンジーは、イギリス人が独占していた製塩事業に対抗するため、民衆と共にダンディーの海岸へ向けて"塩の大行進"を決行。インド人による製塩所を設立したが、軌道に乗った頃にイギリス軍に取り上げられ、無抵抗の民衆は容赦なく殴打され、ガンジーは逮捕された。1931年、釈放されたガンジーはアーウィン卿(ジョン・ギールグッド)と交渉の結果、ロンドンの円卓会議に出席したが、独立は勝ち取れなかった。やがて第二次大戦が勃発。戦争に反対するガンジーは、アガーカーン宮殿に収容された。その彼を、『ライフ』の女性記者バーク=ホワイト(キャンディス・バーゲン)がカメラに撮り続けた。独立を目前にしたインドだったが、回教徒はヒンズー教徒と袂を分かち、1947年8月、アリ・ジンナー(A・パダムゼ)を指導者としてパキスタンを建国。そのため、国境を中心として両教徒の間で衝突が激化、内戦状態になった。これを悲しんだガンジーは、カルカッタで断食を行ない、民衆に武器を捨てさせることに成功した。1948年1月30日。マハトマ・ガンジーは、デリーで夕べの祈りをしている時、ヒンズー教極右派のヴィナヤク・N・ゴードセーによって暗殺された。時にガンジー78歳。葬儀には250万を越える人々が集まり、遺灰は聖なるガンジス川に流された。(goo映画案内より)
<データ>
「ガンジー」(GANDHI)
製作:1992年 イギリス・インド コロンビア配給
監督:リチャード・アッテンボロー(Richard Attenborough)
出演:ベン・キングズレー(Ben Kingsley)−マハトマ・ガンジー
キャンディス・バーゲン(Candice Bergen)−マーガレット
エドワード・フォックス(Edward Fox )−ダイヤー将軍
ジョン・ギールグッド(John Gielgud)−アーウィン卿
トレヴァー・ハワード(Trevor Howard)−ブルームフィールド判事
ジョン・ミルズ(John Mills)ー総督
マーティン・シーン(Martin Sheen)−ウォーカー
・ インド独立運動の指導者"偉大なる魂"マハトマ・ガンジーの波瀾に満ちた生涯を描く。製作・監督は「マジック」のリチャード・アッテンボロー、エキュゼクティヴ・プロデューサーはマイケル・スタンレー・エヴァンス、脚本はジョン・ブライレー、撮影はビリー・ウィリアムスとロニー・テイラー、音楽は「大地のうた」他、サタジット・レイ監督とのコンビで知られるインドの代表的音楽家ラヴィ・シャンカール。イーストマンカラー、シネスコサイズ
↓「ガンジー」のDVD購入
↓「ガンジー」のDVDレンタル


参考:ガンジー
モハンダス・カラムチャンド・ガンディー
(Mohandas Karamchand Gandhi、1869年10月2日 - 1948年1月30日)
マハトマ・ガンディー(Mahatma Gandhi)として知られるインド独立の父、宗教家、政治指導者。「マハトマ(マハートマー)」は「偉大なる魂」の意味の尊称である。カースト制度の最下層である「不可触民」の制度の撤廃でも知られる。日本では、メディアを中心に「ガンジー」と呼ばれるが、正確には「ガンディー(ガーンディー)」である。 また1937年から1948年にかけて、計5回ノーベル平和賞の候補になったが、本人が固辞したため、受賞には至っていない。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)
参考:非暴力の思想
ガンジーの哲学、サティーヤとアヒンサーの思想は、『バガヴァッド・ギーター』、ヒンドゥー教、ジャイナ教、そしてレオ・トルストイの平和主義(「神の国は汝のうちにあり」)に影響されている。非暴力(アヒンサー)という概念はインド宗教史上長い歴史を持ち、ヒンドゥー教、仏教、ジャイナ教の伝統において何度もよみがえった。自らの思想と生き方を、ガンジーは自伝 (『ガンジー自伝』原題 The Story of My Experients with Truth) の中で語り、「『目には目を』が全世界を盲目にしている」と述べた。こうした信条を実行に移すとき、彼は極限まで論理的につきつめることを辞さなかった。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)
↓「ガンジー自伝」の本購入
◆◆この映画をご覧になった方は感想をお寄せ下さい↓お寄せ頂いたお便りです。
<NO.12「学校」について>
【私も夜間中学、高校とお世話になりました】
「この映画は私にとってはそのまま青春時代の思い出につながっているものでした。私も夜間中学、さらには夜間の高校−定時制高校と言う方が馴染み深いかもしれませんが−で学びました。日本人以外の方、世代の異なった方など、実社会以上に多く方と知り合い学び合いました。学び合うと言っても昼間の仕事の疲れからそのまま居眠り授業になってしまったことが何度もありましたが、そんな時でも教えていただいた先生やクラスメートは優しく見守ってくれました」(静岡 田口)
☆☆ 田口様、お便りありがとうございました。私の母校にも定時制高校があり、夜体育館で私から見ればかなり大人の方々がバレーボールを楽しんでいるのを見た記憶があります。また社会人になってからも夜間の講座へ通い、うとうとしてしまったことが今は昔ですね。(主宰 映画で元気)
◇◇貴方のご覧になった他の<元気の出た映画・ドラマ>をご紹介して下さい
↓お寄せ頂いたお便りです。
【静岡の田口さんのオススメ映画「いつも心に太陽を」】
「学校モノの映画では、「いつも心に太陽を」が好きです。教師と生徒という人間同士の真剣なぶつかりあいに感動です」 (静岡 田口)
☆☆シドニー・ポワティエ主演の映画「いつも心に太陽を」は、私も大好きな映画です。ロンドンの下町風景の中、先生と生徒がたがいにわかり合えた瞬間がたまらないです。掲載の順番としまして、今現在は「か」行ですが、「あ」行が再度回ってきた時には(注)本メールマガジンでも取り上げたい候補です。(主宰 映画で元気)
(注)本メールマガジン:本ブログと同じ主旨の「メールマガジン映画で元気」を指します
「いつも心に太陽を」(いつもこころにたいようを):(To Sir With Love)
製作:1967年 アメリカ コロムビア映画配給
あらすじ:エンジニアの仕事を探していたサッカレイは貧民街の学校の教師の職を得た。新任教師として赴任したクラスは卒業を間近に控える高学年クラスだったが、生徒達はすべて、貧しさと問題を抱えた家庭に育ち、前任の教師をいじめぬいて追い出すほどの不良ばかりであった。相次ぐ生徒達の嫌がらせに、サッカレイは・・・。
↓「いつも心に太陽を」のDVD購入
<元気コメント>
非暴力、断食、暴力を恐れない行動等、不正に対しては身を削ってでも信念を貫くという人間の理想を追い求める姿に感動し、生きることの喜びを与えてくれました。
<あらすじ>
南アフリカ、1893年。皮膚の浅黒い一人の青年紳士が列車の一等車に乗っていたため放り出された。この人種差別に、青年は激しい怒りを覚えた。青年の名はモハンダス・K・ガンジー(ベン・キングズレー)。ロンドンで学んだ彼は、インド人商社の顧問弁護士として南アフリカのダーバンへ渡って来たのだ。彼はインド人移民に呼びかけて、身分証明カードを焼き拾てることを提唱
する。そんな彼を支援するイギリス人牧師アンドリューズ(イアン・チャールソン)と、取材にあたる『ニューヨーク・タイムズ』の記者ウォーカー(マーティン・シーン)。ガンジーは暴力をいっさい用いずに闘うことを信条とし、"生涯禁欲"の誓いを立て、アシュラム(共同農園)を建設。彼の差別反対闘争にインド人労働者たちも次第に結束し始めた。1915年ボンベイに戻ったガンジーはインド国民から英雄として迎えられた。当時、インドの指導的立場にある人々は、イギリスからの独立を願っており、彼らの中には、後に首相となるネール(ロシャン・セス)もいた。ガンジーはイギリス支配下にある祖国をつぶさに見て歩き、チャンパランという寒村では、小作人の権利を守るため地主と闘い逮捕された。イギリスは言論、思想、集会の自由を抑圧した法律を第一次大戦後のインドに適用したため、ガンジーは1919年4月6日を全国民の祈りと断食の日とし、ストライキを呼びかけた。ガンジーは逮捕されたが、今や"マハトマ(偉大なる魂)"と呼ばれ、全国民の精神的支柱となった彼を裁判にかけることは不可能だった。だが、この騒動の際中に、イギリスのダイヤー将軍(エドワード・フォックス)率いる軍隊が、アムリツァールの公園で集会中の群衆に発砲し1516人の死傷者を出すという事件が起こった。2年後、ガンジーは、英国製の衣類を焼くように呼びかけるなどイギリスに抵抗するが、国民のイギリスに対する不満は、流血の暴動となって現われた。これを嘆いたガンジーは断食で無言の説得を行ない鎮静させる。その直後ガンジーはイギリスに対する非協力で逮捕され、6年の刑で投獄された。だが、判事のブルームフィールド(トレヴァー・ハワード)は、ガンジーに同情的だった。数年後、ガンジーは、イギリス人が独占していた製塩事業に対抗するため、民衆と共にダンディーの海岸へ向けて"塩の大行進"を決行。インド人による製塩所を設立したが、軌道に乗った頃にイギリス軍に取り上げられ、無抵抗の民衆は容赦なく殴打され、ガンジーは逮捕された。1931年、釈放されたガンジーはアーウィン卿(ジョン・ギールグッド)と交渉の結果、ロンドンの円卓会議に出席したが、独立は勝ち取れなかった。やがて第二次大戦が勃発。戦争に反対するガンジーは、アガーカーン宮殿に収容された。その彼を、『ライフ』の女性記者バーク=ホワイト(キャンディス・バーゲン)がカメラに撮り続けた。独立を目前にしたインドだったが、回教徒はヒンズー教徒と袂を分かち、1947年8月、アリ・ジンナー(A・パダムゼ)を指導者としてパキスタンを建国。そのため、国境を中心として両教徒の間で衝突が激化、内戦状態になった。これを悲しんだガンジーは、カルカッタで断食を行ない、民衆に武器を捨てさせることに成功した。1948年1月30日。マハトマ・ガンジーは、デリーで夕べの祈りをしている時、ヒンズー教極右派のヴィナヤク・N・ゴードセーによって暗殺された。時にガンジー78歳。葬儀には250万を越える人々が集まり、遺灰は聖なるガンジス川に流された。(goo映画案内より)
<データ>
「ガンジー」(GANDHI)
製作:1992年 イギリス・インド コロンビア配給
監督:リチャード・アッテンボロー(Richard Attenborough)
出演:ベン・キングズレー(Ben Kingsley)−マハトマ・ガンジー
キャンディス・バーゲン(Candice Bergen)−マーガレット
エドワード・フォックス(Edward Fox )−ダイヤー将軍
ジョン・ギールグッド(John Gielgud)−アーウィン卿
トレヴァー・ハワード(Trevor Howard)−ブルームフィールド判事
ジョン・ミルズ(John Mills)ー総督
マーティン・シーン(Martin Sheen)−ウォーカー
・ インド独立運動の指導者"偉大なる魂"マハトマ・ガンジーの波瀾に満ちた生涯を描く。製作・監督は「マジック」のリチャード・アッテンボロー、エキュゼクティヴ・プロデューサーはマイケル・スタンレー・エヴァンス、脚本はジョン・ブライレー、撮影はビリー・ウィリアムスとロニー・テイラー、音楽は「大地のうた」他、サタジット・レイ監督とのコンビで知られるインドの代表的音楽家ラヴィ・シャンカール。イーストマンカラー、シネスコサイズ
↓「ガンジー」のDVD購入
↓「ガンジー」のDVDレンタル

参考:ガンジー
モハンダス・カラムチャンド・ガンディー
(Mohandas Karamchand Gandhi、1869年10月2日 - 1948年1月30日)
マハトマ・ガンディー(Mahatma Gandhi)として知られるインド独立の父、宗教家、政治指導者。「マハトマ(マハートマー)」は「偉大なる魂」の意味の尊称である。カースト制度の最下層である「不可触民」の制度の撤廃でも知られる。日本では、メディアを中心に「ガンジー」と呼ばれるが、正確には「ガンディー(ガーンディー)」である。 また1937年から1948年にかけて、計5回ノーベル平和賞の候補になったが、本人が固辞したため、受賞には至っていない。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)
参考:非暴力の思想
ガンジーの哲学、サティーヤとアヒンサーの思想は、『バガヴァッド・ギーター』、ヒンドゥー教、ジャイナ教、そしてレオ・トルストイの平和主義(「神の国は汝のうちにあり」)に影響されている。非暴力(アヒンサー)という概念はインド宗教史上長い歴史を持ち、ヒンドゥー教、仏教、ジャイナ教の伝統において何度もよみがえった。自らの思想と生き方を、ガンジーは自伝 (『ガンジー自伝』原題 The Story of My Experients with Truth) の中で語り、「『目には目を』が全世界を盲目にしている」と述べた。こうした信条を実行に移すとき、彼は極限まで論理的につきつめることを辞さなかった。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)
↓「ガンジー自伝」の本購入
◆◆この映画をご覧になった方は感想をお寄せ下さい↓お寄せ頂いたお便りです。
<NO.12「学校」について>
【私も夜間中学、高校とお世話になりました】
「この映画は私にとってはそのまま青春時代の思い出につながっているものでした。私も夜間中学、さらには夜間の高校−定時制高校と言う方が馴染み深いかもしれませんが−で学びました。日本人以外の方、世代の異なった方など、実社会以上に多く方と知り合い学び合いました。学び合うと言っても昼間の仕事の疲れからそのまま居眠り授業になってしまったことが何度もありましたが、そんな時でも教えていただいた先生やクラスメートは優しく見守ってくれました」(静岡 田口)
☆☆ 田口様、お便りありがとうございました。私の母校にも定時制高校があり、夜体育館で私から見ればかなり大人の方々がバレーボールを楽しんでいるのを見た記憶があります。また社会人になってからも夜間の講座へ通い、うとうとしてしまったことが今は昔ですね。(主宰 映画で元気)
◇◇貴方のご覧になった他の<元気の出た映画・ドラマ>をご紹介して下さい
↓お寄せ頂いたお便りです。
【静岡の田口さんのオススメ映画「いつも心に太陽を」】
「学校モノの映画では、「いつも心に太陽を」が好きです。教師と生徒という人間同士の真剣なぶつかりあいに感動です」 (静岡 田口)
☆☆シドニー・ポワティエ主演の映画「いつも心に太陽を」は、私も大好きな映画です。ロンドンの下町風景の中、先生と生徒がたがいにわかり合えた瞬間がたまらないです。掲載の順番としまして、今現在は「か」行ですが、「あ」行が再度回ってきた時には(注)本メールマガジンでも取り上げたい候補です。(主宰 映画で元気)
(注)本メールマガジン:本ブログと同じ主旨の「メールマガジン映画で元気」を指します
「いつも心に太陽を」(いつもこころにたいようを):(To Sir With Love)
製作:1967年 アメリカ コロムビア映画配給
あらすじ:エンジニアの仕事を探していたサッカレイは貧民街の学校の教師の職を得た。新任教師として赴任したクラスは卒業を間近に控える高学年クラスだったが、生徒達はすべて、貧しさと問題を抱えた家庭に育ち、前任の教師をいじめぬいて追い出すほどの不良ばかりであった。相次ぐ生徒達の嫌がらせに、サッカレイは・・・。
↓「いつも心に太陽を」のDVD購入
NO.12「学校」
「学校」(がっこう)
<元気コメント>
この映画は、学校というのは誰でも勉強をしたい者が来る場所であり、人間の幸福についても語り合える場であることを教えてくれました。新しい知識・技能の修得に挫折しそうになった時、今の自分は不幸なのではないかと考えさせられた時、この映画は元気づけてくれました。
<あらすじ>
下町の一角にある夜間中学の教師・黒井は、卒業式も近づいたある日、卒業記念文集のための作文の授業を行う。原稿用紙にそれぞれの思いを綴る様々な職業、年齢の生徒たちの横顔を見ながら、黒井は彼らとの思い出を振り返る。孫もいる年になって入学してきた在日韓国人の女性・オモニ。髪の毛を染めたツッパリ少女・みどり。昼間は肉体労働に励む少年・カズ。父は中国人、母は日本人で五年前に中国から移住してきた青年・張。自閉症で登校拒否児だったえり子......。やがて給食の時間に、クラスの一員・イノさんが死んだという悲しい知らせが届く。突然の訃報に悲しむ黒井と生徒たちは、食後のホームルームの時間、イノさんの思い出を語り始める。不幸な生い立ちとその後の苦労、田島先生への恋心。そして突然病に倒れ、故郷の山形へ帰ったきり帰らぬ人となったこと。イノさんの人生を語り合ううち、いつしか黒井と生徒たちは人間の幸福について話し合うようになっていった。生徒と先生が汗を流して語り合う、これこそ授業だと確信する黒井先生に応えるかのように、えり子が、自分も夜間学校の先生になる、そしてこの場所に戻ってくる、と決意を語る。外はいつしか雪になっていた。(goo映画案内より)
<データ>
「学校」
製作:1993年 松竹
監督:山田 洋次(ヤマダ ヨウジ)
出演:西田 敏行(ニシダ トシユキ)−黒井先生
竹下 景子(タケシタ ケイコ)−田島先生
萩原 聖人(ハギワラ マサト)−カズ
中江 有里(ナカエ ユリ)−えり子
新屋 英子(シンヤ エイコ)−オモニ
裕木 奈江(ユウキ ナエ)−みどり
田中 邦衛(タナカ クニエ)−イノ
・東京・下町にある夜間中学校を舞台に、様々な境遇を持つ生徒たちと先生との交流を描くドラマ。監督・脚本は「男はつらいよ 寅次郎の青春」の山田洋次で、彼の十五年来暖めていた企画の映画化。脚本は山田と「スペインからの手紙 ベンポスタの子どもたち」の朝間義隆の共同。撮影は「男はつらいよ 寅次郎の青春」の高羽哲夫と「夢の女」の長沼六男の共同。キネマ旬報ベストテン第六位
↓「学校」のDVD購入
↓「学校」のDVDレンタル


参考:イノさん(猪田)のモデルは実在の井上という生徒 下敷きになったのは、松崎運之助(みちのすけ)『青春 夜間中学界隈』(教育史料出版会、1985年)である。イノさん(猪田)のモデルは実在の井上という生徒であり、映画のエピソード(競馬の話、医学部生に夜間中学を紹介された話、急病で死去した話など)もほぼ事実である。この映画によって夜間中学校は一挙に知名度が高まった。(フリー百科事典ウィキペディア(Wikipedia)より)
↓本『青春 夜間中学界隈』の購入
参考:夜間中学校
・夜間中学の歴史、夜間中学の現状
・夜間中学校の歴史
◆◆この映画をご覧になった方は感想をお寄せ下さい
◇◇貴方のご覧になった他の<元気の出た映画・ドラマ>をご紹介して下さい
↓お寄せ頂いたお便りです。
【「わさび」というタイトルがなんともシャレた味】
「秀でた俳優のやくざ映画を観たあとは自分がやくざになった気分でいるように、元気の出る映画は明暗のあるシナリオを優れた映像に描く監督の腕前とヒーロー・ヒロインの演技力・影響力による感動から元気が湧き出るもので、最近テレビで見た映画では「わさび」フランスの香りを漂わせた国際的スターでポーカーフェイスの親しみ深いジャン・レノ。その切れ味が見事なアクションと日本贔屓でクールな表情に秘められた情感。結婚して見違えるように開き直った広末涼子の舞うような演技がすばらしい。名前は忘れたがレノの相棒を演じる日本の外人も役にはまっている。裏番組が「熟年離婚」(最終回)だったので見過ごされた方が多いようですが、「わさび」というタイトルがなんともシャレた味のサスペンスアクション映画でした。ところで(注)このマガジンの読者により興味を持たせるために「元気の出る映画・トリビアクイズ」を設けて正解者には景品を出されては?ちょっとした思い出に残るものとか、元気の出るものでいいのですが」(東京都 森本)
☆☆ 森本様、お便りありがとうございました。「わさび」は以前私も見ました。ジャン・レノがワサビを舐めるシーンを見てやっと題名と一致したという思い出があります。ご提案の「元気の出る映画・トリビアクイズ」の件は検討させて頂きます。ぜひまた「貴方の元気のでた映画」のお便りをお寄せ下さい。 (主宰 映画で元気)
(注)このマガジン:本ブログと同じ主旨の「メールマガジン映画で元気」を指します
参考:映画「WASABI」(わさび)
製作:2001年 フランス K2=日本ビクター配給
あらすじ:パリの刑事と日仏ハーフの娘が東京の街を駆け巡るクライム・ムービー。監督は「TAXi2」のジェラール・クラヴジック。製作・脚本は「ジャンヌ・ダルク」などの監督として知られるリュック・ベッソン。
音楽はベッソン作品の常連エリック・セラほか。出演は「クリムゾン・リバー」のジャン・レノ、「TAXi2」のミシェル・ミューラー、「秘密」の広末涼子、「愛の破片」のキャロル・ブーケほか
↓「WASABI」のDVD購入
↓「WASABI」のDVDレンタル


<元気コメント>
この映画は、学校というのは誰でも勉強をしたい者が来る場所であり、人間の幸福についても語り合える場であることを教えてくれました。新しい知識・技能の修得に挫折しそうになった時、今の自分は不幸なのではないかと考えさせられた時、この映画は元気づけてくれました。
<あらすじ>
下町の一角にある夜間中学の教師・黒井は、卒業式も近づいたある日、卒業記念文集のための作文の授業を行う。原稿用紙にそれぞれの思いを綴る様々な職業、年齢の生徒たちの横顔を見ながら、黒井は彼らとの思い出を振り返る。孫もいる年になって入学してきた在日韓国人の女性・オモニ。髪の毛を染めたツッパリ少女・みどり。昼間は肉体労働に励む少年・カズ。父は中国人、母は日本人で五年前に中国から移住してきた青年・張。自閉症で登校拒否児だったえり子......。やがて給食の時間に、クラスの一員・イノさんが死んだという悲しい知らせが届く。突然の訃報に悲しむ黒井と生徒たちは、食後のホームルームの時間、イノさんの思い出を語り始める。不幸な生い立ちとその後の苦労、田島先生への恋心。そして突然病に倒れ、故郷の山形へ帰ったきり帰らぬ人となったこと。イノさんの人生を語り合ううち、いつしか黒井と生徒たちは人間の幸福について話し合うようになっていった。生徒と先生が汗を流して語り合う、これこそ授業だと確信する黒井先生に応えるかのように、えり子が、自分も夜間学校の先生になる、そしてこの場所に戻ってくる、と決意を語る。外はいつしか雪になっていた。(goo映画案内より)
<データ>
「学校」
製作:1993年 松竹
監督:山田 洋次(ヤマダ ヨウジ)
出演:西田 敏行(ニシダ トシユキ)−黒井先生
竹下 景子(タケシタ ケイコ)−田島先生
萩原 聖人(ハギワラ マサト)−カズ
中江 有里(ナカエ ユリ)−えり子
新屋 英子(シンヤ エイコ)−オモニ
裕木 奈江(ユウキ ナエ)−みどり
田中 邦衛(タナカ クニエ)−イノ
・東京・下町にある夜間中学校を舞台に、様々な境遇を持つ生徒たちと先生との交流を描くドラマ。監督・脚本は「男はつらいよ 寅次郎の青春」の山田洋次で、彼の十五年来暖めていた企画の映画化。脚本は山田と「スペインからの手紙 ベンポスタの子どもたち」の朝間義隆の共同。撮影は「男はつらいよ 寅次郎の青春」の高羽哲夫と「夢の女」の長沼六男の共同。キネマ旬報ベストテン第六位
↓「学校」のDVD購入
↓「学校」のDVDレンタル

参考:イノさん(猪田)のモデルは実在の井上という生徒 下敷きになったのは、松崎運之助(みちのすけ)『青春 夜間中学界隈』(教育史料出版会、1985年)である。イノさん(猪田)のモデルは実在の井上という生徒であり、映画のエピソード(競馬の話、医学部生に夜間中学を紹介された話、急病で死去した話など)もほぼ事実である。この映画によって夜間中学校は一挙に知名度が高まった。(フリー百科事典ウィキペディア(Wikipedia)より)
↓本『青春 夜間中学界隈』の購入
参考:夜間中学校
・夜間中学の歴史、夜間中学の現状
・夜間中学校の歴史
◆◆この映画をご覧になった方は感想をお寄せ下さい
◇◇貴方のご覧になった他の<元気の出た映画・ドラマ>をご紹介して下さい
↓お寄せ頂いたお便りです。
【「わさび」というタイトルがなんともシャレた味】
「秀でた俳優のやくざ映画を観たあとは自分がやくざになった気分でいるように、元気の出る映画は明暗のあるシナリオを優れた映像に描く監督の腕前とヒーロー・ヒロインの演技力・影響力による感動から元気が湧き出るもので、最近テレビで見た映画では「わさび」フランスの香りを漂わせた国際的スターでポーカーフェイスの親しみ深いジャン・レノ。その切れ味が見事なアクションと日本贔屓でクールな表情に秘められた情感。結婚して見違えるように開き直った広末涼子の舞うような演技がすばらしい。名前は忘れたがレノの相棒を演じる日本の外人も役にはまっている。裏番組が「熟年離婚」(最終回)だったので見過ごされた方が多いようですが、「わさび」というタイトルがなんともシャレた味のサスペンスアクション映画でした。ところで(注)このマガジンの読者により興味を持たせるために「元気の出る映画・トリビアクイズ」を設けて正解者には景品を出されては?ちょっとした思い出に残るものとか、元気の出るものでいいのですが」(東京都 森本)
☆☆ 森本様、お便りありがとうございました。「わさび」は以前私も見ました。ジャン・レノがワサビを舐めるシーンを見てやっと題名と一致したという思い出があります。ご提案の「元気の出る映画・トリビアクイズ」の件は検討させて頂きます。ぜひまた「貴方の元気のでた映画」のお便りをお寄せ下さい。 (主宰 映画で元気)
(注)このマガジン:本ブログと同じ主旨の「メールマガジン映画で元気」を指します
参考:映画「WASABI」(わさび)
製作:2001年 フランス K2=日本ビクター配給
あらすじ:パリの刑事と日仏ハーフの娘が東京の街を駆け巡るクライム・ムービー。監督は「TAXi2」のジェラール・クラヴジック。製作・脚本は「ジャンヌ・ダルク」などの監督として知られるリュック・ベッソン。
音楽はベッソン作品の常連エリック・セラほか。出演は「クリムゾン・リバー」のジャン・レノ、「TAXi2」のミシェル・ミューラー、「秘密」の広末涼子、「愛の破片」のキャロル・ブーケほか
↓「WASABI」のDVD購入
↓「WASABI」のDVDレンタル

NO.11「大いなる勇者」
「大いなる勇者」(おおいなるゆうしゃ、JEREMIAH JOHNSON)
<元気コメント>
山を新たな生活の場に生きようと思った男が、言葉の通じないインディアンを妻に、また開拓一家をほとんどインディアンに皆殺しにされ気が狂った母親から押しつけられた口がきけない子供を引き連れて、やがて安住の地を得る。だが、全てを失った彼の生きる道は・・・。
→野性的な世界でも最後に頼るものは自分、最後に求めるものは家族の温かみであることを刻み付けられ、無為な生活を送っていた自分を励ましてくれました。
<あらすじ>
1850年代のアメリカ。急速に発達する文明に背を向けた青年ジェレミア・ジョンソン(ロバート・レッドフォード)は猟師になろうと決心してロッキー山脈に向かった。やがて厳しい冬を迎えたある日、雪の中で凍死している男を発見した。そのそばに残された遺書には、自分を発見した者にはライフルを譲るとしたためられていた。思わぬ拾い物に元気づけられたジョンソンに、もう1つ幸運が訪れた。ベテランの山男クリス・ラップ(ウィル・ギア)と出会い、彼について、山で生き残るための技術や知識を身につけることができた。クリスと別れたジョンソンは、まずインディアンたちとの間に誠意ある交易関係を確立した。その中にはクロウ族インディアンの赤シャツもいた。開拓者の小屋のそばで、インディアンによる白人虐殺を見たのはそんな頃であった。すでに息絶えている2人の子供のまわりを気が触れたようにうろつく白人の女(アリン・アン・マクレリー)がいた。ジョンソンはしかたなく、生き残ったが惨劇のショックで口のきけなくなった少年を連れ、引き返した。少年にはキャレブ(ジョシュ・アルビー)と名をつけた。翌日、インディアンに襲われた男デル・ギュー(ステファン・ギーラッシュ)を助けたことによって、開拓者一家惨殺の犯人を知ったジョンソンは、追跡を開始した。夜になって、目指す敵のキャンプを発見したジョンソンは犯人を殺した。翌朝、出会ったフラットヘッド族は平和を愛するインディアンだったが、ジョンソンが引いている3頭の馬がブラックフィトのものだと知ると、宿敵を倒してくれた2人に敬愛の情を示し、酋長は返札として、気品と美しさにあふれた娘スワン(デル・ボルトン)を贈った。スワンとキャレブとジョンソンの平和な生活が続いた。冬も深まった頃、ある白人開拓者の馬車が川の中で凍りついてしまったのを探して救い出すため、騎兵隊がジョンソンの助力を求めにやってきた。捜索は困難をきわめた。目的地に着くためにはクロウ族の死体埋葬区域を通らなければならない。ここはクロウ族にとって何よりも神聖な場所で、無神経に踏みこむのは危険だったが、開拓者を助けるためにちゅうちょできなかった。ジョンソンは胸騒ぎを覚え、その足ですぐ家にひき返した。しかし、ひと足遅く、スワンとキャレブはクロウ族に殺されていた。聖地を犯したことが彼らの怒りにふれたのだ。ジョンソンの体内にはどす黒い憤りがわいていた。彼の復讐が始まった。やがて"クロウ族殺し"の異名をつけられる程に恐れられるようになった。死んだ子供たちのそばに住む気の触れた女に肉をやろうと訪れたが、女はすでに死んで、埋葬した墓のそばには、クロウ族によってジョンソンの墓が用意されてあった。墓を被う生皮には、ジョンソンがインディアンたちと戦う姿が描かれてあったが、それは彼がすでに死んだことを意味するのか、永遠に不死身であることを意味するのかはわからなかった。はっきりしているのは、クロウ族との戦いがこれで終わったことだ。ひとつの山を越えて、いまジェレミア・ジョンソンは彼の前に立ちはだかるけわしい山に登り始めていた。(goo映画案内より)
<データ>
「大いなる勇者」
制作:1972年 アメリカ ワーナー映画配給
監督: シドニー・ポラック(Sydney Pollack)
原作 : 「クロウ族殺し」 著:レイモンド・ソープ(Raymond W. Thorp)/ ロバート・バンカー(Robert Bunker)
出演:ロバート・レッドフォード(Robert Redford−Jeremiah_Johnson)
ウィル・ギア(Will Geer−Bear_Claw)
ステファン・ギーラッシュ(Stefan Gierasch−Del_Gue)
アリン・アン・マクレリー(Allyn Ann McLerie−Crazy_Woman)
ジョシュ・アルビー(Josh Albee−Caleb)
・ 1850年代。文明に背を向け、ロッキー山脈の自然の中で暮らすジェレマイア・ジョンソン(ロバート・レッドフォード)の伝説を描いた作品。シドニー・ポラック監督とレッドフォードの名コンビが広大な自然を背景に、ひとりの男の生き様を丁寧なタッチで描いている。 前半はジェレマイアと大自然の中に生きる人たちとの交流を描いており牧歌的な雰囲気が心地よいものの、後半は一転して助けた少年キャレプと愛した娘スワンをクロー族に殺され、復讐を遂げるジェレマイアの姿が描かれており、そのギャップには驚かされる。 ユタ州に大規模なロケーションを行った本作は、デューク・キャラハンのみごとな撮影が、見る者を大自然へと誘う。出演者の中では、ジェレマイアに自然の掟を教えるベア・クロー(ウィル・ギア)の存在がおおらかな笑いを誘い秀逸。(Amazon.co.jpの解説より)
参考:ロバート・レッドフォード
Robert Redford(1937年-) 映画俳優、映画監督、製作、製作総指揮。1937年8月18日アメリカ・カリフォルニア州サンタモニカ生まれ。『スティング』The Sting(1973年)でアカデミー賞主演男優賞ノミネート、『普通の人々』Ordinary People(1980年)で監督賞受賞、『クイズ・ショウ』Quiz Show(1994年)で監督賞ノミネート、ほか受賞・ノミネート多数。1985年、サンダンス・インスティテュートhttp://www.sundance.org/を創設・主宰、若手・独立系映画製作者を支援する映画祭「サンダンス映画祭」http://festival.sundance.org/index.aspxをはじめる。この「サンダンス」は映画『明日に向って撃て!』Butch Cassidy and the Sundance Kid(ジョージ・ロイ・ヒル監督、1969年)でレッドフォードが演じた役サンダンス・キッドから。
■主な出演作
雨のニューオリンズ(1966)、サンセット物語(1966)、戦場はどこだ!(1966)、逃亡地帯(1966)、裸足で散歩(1967)、明日に向って撃て!(1969)、白銀のレーサー(1969)、夕陽に向って走れ(1969) 、お前と俺(1970) 、大いなる勇者(1972)、候補者ビル・マッケイ(1972)、ホット・ロック(1972)、スティング(1973)、追憶(1973)、華麗なるギャツビー(1974)、華麗なるヒコーキ野郎(1975)、コンドル(1975)、大統領の陰謀(1976) 、遠すぎた橋(1977)、出逢い(1979)、ブルベイカー(1980) 、ナチュラル(1984) 、愛と哀しみの果て(1985)、夜霧のマンハッタン(1986)、ハバナ(1990)、スニカーズ(1992)、幸福の条件(1993) 、アンカーウーマン(1996)、モンタナの風に抱かれて(1998)、ラスト・キャッスル(2001) 、スパイ・ゲーム(2001)、二重誘拐(2004)
■主な監督作
普通の人々(1980) 、ミラグロ奇跡の地(1988)、リバー・ランズ・スルー・イット(1992)、クイズ・ショウ(1994)、モンタナの風に抱かれて(1998)、バガー・ヴァンスの伝説(2000)
(はてなダイヤリーより)
↓「大いなる勇者」のDVD購入
↓「大いなる勇者」のDVDレンタル


◆◆この映画をご覧になった方は感想をお寄せ下さい
◇◇貴方のご覧になった他の<元気の出た映画・ドラマ>をご紹介して下さい
前号NO.10「おろしや国酔夢譚」をご覧になった方からのお便り
【12/7(水)ロシアで過ごした思い出が】
数年前にロシアで過ごし、シベリアの異常な寒さを肌身に感じたのですが、あんな昔の時代にどこまでも続く雪と氷と寒さの中、日本へ帰るためのご苦労をされた方々がいた思うとまだまだいい時代に生きていると思いました。 (小野田)
☆☆ 小野田さんお便りありがとうございました。素晴らしい体験をなされたのですね。いつか私もシベリア鉄道に乗ることを夢見ております。またのお便りをお待ちしております。(主宰 映画で元気)
<元気コメント>
山を新たな生活の場に生きようと思った男が、言葉の通じないインディアンを妻に、また開拓一家をほとんどインディアンに皆殺しにされ気が狂った母親から押しつけられた口がきけない子供を引き連れて、やがて安住の地を得る。だが、全てを失った彼の生きる道は・・・。
→野性的な世界でも最後に頼るものは自分、最後に求めるものは家族の温かみであることを刻み付けられ、無為な生活を送っていた自分を励ましてくれました。
<あらすじ>
1850年代のアメリカ。急速に発達する文明に背を向けた青年ジェレミア・ジョンソン(ロバート・レッドフォード)は猟師になろうと決心してロッキー山脈に向かった。やがて厳しい冬を迎えたある日、雪の中で凍死している男を発見した。そのそばに残された遺書には、自分を発見した者にはライフルを譲るとしたためられていた。思わぬ拾い物に元気づけられたジョンソンに、もう1つ幸運が訪れた。ベテランの山男クリス・ラップ(ウィル・ギア)と出会い、彼について、山で生き残るための技術や知識を身につけることができた。クリスと別れたジョンソンは、まずインディアンたちとの間に誠意ある交易関係を確立した。その中にはクロウ族インディアンの赤シャツもいた。開拓者の小屋のそばで、インディアンによる白人虐殺を見たのはそんな頃であった。すでに息絶えている2人の子供のまわりを気が触れたようにうろつく白人の女(アリン・アン・マクレリー)がいた。ジョンソンはしかたなく、生き残ったが惨劇のショックで口のきけなくなった少年を連れ、引き返した。少年にはキャレブ(ジョシュ・アルビー)と名をつけた。翌日、インディアンに襲われた男デル・ギュー(ステファン・ギーラッシュ)を助けたことによって、開拓者一家惨殺の犯人を知ったジョンソンは、追跡を開始した。夜になって、目指す敵のキャンプを発見したジョンソンは犯人を殺した。翌朝、出会ったフラットヘッド族は平和を愛するインディアンだったが、ジョンソンが引いている3頭の馬がブラックフィトのものだと知ると、宿敵を倒してくれた2人に敬愛の情を示し、酋長は返札として、気品と美しさにあふれた娘スワン(デル・ボルトン)を贈った。スワンとキャレブとジョンソンの平和な生活が続いた。冬も深まった頃、ある白人開拓者の馬車が川の中で凍りついてしまったのを探して救い出すため、騎兵隊がジョンソンの助力を求めにやってきた。捜索は困難をきわめた。目的地に着くためにはクロウ族の死体埋葬区域を通らなければならない。ここはクロウ族にとって何よりも神聖な場所で、無神経に踏みこむのは危険だったが、開拓者を助けるためにちゅうちょできなかった。ジョンソンは胸騒ぎを覚え、その足ですぐ家にひき返した。しかし、ひと足遅く、スワンとキャレブはクロウ族に殺されていた。聖地を犯したことが彼らの怒りにふれたのだ。ジョンソンの体内にはどす黒い憤りがわいていた。彼の復讐が始まった。やがて"クロウ族殺し"の異名をつけられる程に恐れられるようになった。死んだ子供たちのそばに住む気の触れた女に肉をやろうと訪れたが、女はすでに死んで、埋葬した墓のそばには、クロウ族によってジョンソンの墓が用意されてあった。墓を被う生皮には、ジョンソンがインディアンたちと戦う姿が描かれてあったが、それは彼がすでに死んだことを意味するのか、永遠に不死身であることを意味するのかはわからなかった。はっきりしているのは、クロウ族との戦いがこれで終わったことだ。ひとつの山を越えて、いまジェレミア・ジョンソンは彼の前に立ちはだかるけわしい山に登り始めていた。(goo映画案内より)
<データ>
「大いなる勇者」
制作:1972年 アメリカ ワーナー映画配給
監督: シドニー・ポラック(Sydney Pollack)
原作 : 「クロウ族殺し」 著:レイモンド・ソープ(Raymond W. Thorp)/ ロバート・バンカー(Robert Bunker)
出演:ロバート・レッドフォード(Robert Redford−Jeremiah_Johnson)
ウィル・ギア(Will Geer−Bear_Claw)
ステファン・ギーラッシュ(Stefan Gierasch−Del_Gue)
アリン・アン・マクレリー(Allyn Ann McLerie−Crazy_Woman)
ジョシュ・アルビー(Josh Albee−Caleb)
・ 1850年代。文明に背を向け、ロッキー山脈の自然の中で暮らすジェレマイア・ジョンソン(ロバート・レッドフォード)の伝説を描いた作品。シドニー・ポラック監督とレッドフォードの名コンビが広大な自然を背景に、ひとりの男の生き様を丁寧なタッチで描いている。 前半はジェレマイアと大自然の中に生きる人たちとの交流を描いており牧歌的な雰囲気が心地よいものの、後半は一転して助けた少年キャレプと愛した娘スワンをクロー族に殺され、復讐を遂げるジェレマイアの姿が描かれており、そのギャップには驚かされる。 ユタ州に大規模なロケーションを行った本作は、デューク・キャラハンのみごとな撮影が、見る者を大自然へと誘う。出演者の中では、ジェレマイアに自然の掟を教えるベア・クロー(ウィル・ギア)の存在がおおらかな笑いを誘い秀逸。(Amazon.co.jpの解説より)
参考:ロバート・レッドフォード
Robert Redford(1937年-) 映画俳優、映画監督、製作、製作総指揮。1937年8月18日アメリカ・カリフォルニア州サンタモニカ生まれ。『スティング』The Sting(1973年)でアカデミー賞主演男優賞ノミネート、『普通の人々』Ordinary People(1980年)で監督賞受賞、『クイズ・ショウ』Quiz Show(1994年)で監督賞ノミネート、ほか受賞・ノミネート多数。1985年、サンダンス・インスティテュートhttp://www.sundance.org/を創設・主宰、若手・独立系映画製作者を支援する映画祭「サンダンス映画祭」http://festival.sundance.org/index.aspxをはじめる。この「サンダンス」は映画『明日に向って撃て!』Butch Cassidy and the Sundance Kid(ジョージ・ロイ・ヒル監督、1969年)でレッドフォードが演じた役サンダンス・キッドから。
■主な出演作
雨のニューオリンズ(1966)、サンセット物語(1966)、戦場はどこだ!(1966)、逃亡地帯(1966)、裸足で散歩(1967)、明日に向って撃て!(1969)、白銀のレーサー(1969)、夕陽に向って走れ(1969) 、お前と俺(1970) 、大いなる勇者(1972)、候補者ビル・マッケイ(1972)、ホット・ロック(1972)、スティング(1973)、追憶(1973)、華麗なるギャツビー(1974)、華麗なるヒコーキ野郎(1975)、コンドル(1975)、大統領の陰謀(1976) 、遠すぎた橋(1977)、出逢い(1979)、ブルベイカー(1980) 、ナチュラル(1984) 、愛と哀しみの果て(1985)、夜霧のマンハッタン(1986)、ハバナ(1990)、スニカーズ(1992)、幸福の条件(1993) 、アンカーウーマン(1996)、モンタナの風に抱かれて(1998)、ラスト・キャッスル(2001) 、スパイ・ゲーム(2001)、二重誘拐(2004)
■主な監督作
普通の人々(1980) 、ミラグロ奇跡の地(1988)、リバー・ランズ・スルー・イット(1992)、クイズ・ショウ(1994)、モンタナの風に抱かれて(1998)、バガー・ヴァンスの伝説(2000)
(はてなダイヤリーより)
↓「大いなる勇者」のDVD購入
↓「大いなる勇者」のDVDレンタル

◆◆この映画をご覧になった方は感想をお寄せ下さい
◇◇貴方のご覧になった他の<元気の出た映画・ドラマ>をご紹介して下さい
前号NO.10「おろしや国酔夢譚」をご覧になった方からのお便り
【12/7(水)ロシアで過ごした思い出が】
数年前にロシアで過ごし、シベリアの異常な寒さを肌身に感じたのですが、あんな昔の時代にどこまでも続く雪と氷と寒さの中、日本へ帰るためのご苦労をされた方々がいた思うとまだまだいい時代に生きていると思いました。 (小野田)
☆☆ 小野田さんお便りありがとうございました。素晴らしい体験をなされたのですね。いつか私もシベリア鉄道に乗ることを夢見ております。またのお便りをお待ちしております。(主宰 映画で元気)
NO.10「おろしや国酔夢譚」
「おろしや国酔夢譚」 (おろしゃこくすいむたん)
<元気コメント>
現代にあっては漂流をしてしまうことなどめったにないでしょう。ですが、遠く故郷を離れて異文化に接する、いや接さざるを得なくて悩む時はあるのではないでしょうか。そんな時この映画は元気付けてくれました。
<あらすじ>
1782年、伊勢出帆後に難破した光太夫らは、9カ月後に北の果てカムチャッカに漂着する。生き残ったわずか6名の日本人は、帰郷への手立てを探るためにオホーツク、ヤクーツク、イルクーツクと世界で最も厳しい寒さと戦いながらシベリアを転々とするが、土地土地で数奇な運命に翻弄される。そして、凍傷で片足切断した庄蔵は日系ロシア人のタチアナに手を引かれるようにキリシタンとなり帰化、若い新蔵はロシア女ニーナと恋におち姿を消した。一方、光太夫は学者ラックスマンを通じ、初めて見る文化に強い衝撃を覚え、この感動を故国へ伝えたいと帰国への執念をなお燃やすのだった。そして、最後の望みを賭け、エカテリーナ二世への直訴を決意、首都ペテルブルグに向かった。ラックスマン、ベズボロドコ伯爵、女王側近ソフィアの協力を得て、ついに光太夫の熱い想いは女帝の心に通じ、光太夫、小市、磯吉わずか3人だが、1792年、実に9年9カ月ぶりに帰国を果たし根室へ着く。だが、鎖国中の幕府は彼らを迎え入れようとはせず、小市は病死、光太夫、磯吉も上府、雉子橋外の厩舎に留置されるが、やがて松平定信のはからいで光太夫は幽閉という扱いで、迎え入れられることになるのだった。(goo映画案内より)
<データ>
「おろしや国酔夢譚」
製作:1992年 東宝
監督:佐藤純彌(さとう じゅんや)
出演:緒形拳−大黒屋光太夫
オレグ・ヤンコフスキー(Oleg Yankovsky)―ラックスマン
川谷拓三−小市
三谷昇−九右衛門
西田敏行−庄蔵
ユーリー・サローミン−ベスボロドコ伯爵
マリナ・ヴラディ(Marina Vlady)−エカテリーナ二世
江守徹−松平定信
沖田浩之−新蔵
・ 鎖国日本にあって、広大なシベリア大陸を走り抜けた日本人の冒険記を描いた井上靖原作の映画化。脚本・監督は「敦煌」の佐藤純彌。共同脚本は「必殺4 恨みはらします」の野上龍雄と「タイガースメモリアルクラブバンド ぼくと、ぼくらの夏」の神波史男。撮影は「マリアの胃袋」の長沼六男がそれぞれ担当
↓「おろしや国酔夢譚」のDVD購入
<元気コメント>
現代にあっては漂流をしてしまうことなどめったにないでしょう。ですが、遠く故郷を離れて異文化に接する、いや接さざるを得なくて悩む時はあるのではないでしょうか。そんな時この映画は元気付けてくれました。
<あらすじ>
1782年、伊勢出帆後に難破した光太夫らは、9カ月後に北の果てカムチャッカに漂着する。生き残ったわずか6名の日本人は、帰郷への手立てを探るためにオホーツク、ヤクーツク、イルクーツクと世界で最も厳しい寒さと戦いながらシベリアを転々とするが、土地土地で数奇な運命に翻弄される。そして、凍傷で片足切断した庄蔵は日系ロシア人のタチアナに手を引かれるようにキリシタンとなり帰化、若い新蔵はロシア女ニーナと恋におち姿を消した。一方、光太夫は学者ラックスマンを通じ、初めて見る文化に強い衝撃を覚え、この感動を故国へ伝えたいと帰国への執念をなお燃やすのだった。そして、最後の望みを賭け、エカテリーナ二世への直訴を決意、首都ペテルブルグに向かった。ラックスマン、ベズボロドコ伯爵、女王側近ソフィアの協力を得て、ついに光太夫の熱い想いは女帝の心に通じ、光太夫、小市、磯吉わずか3人だが、1792年、実に9年9カ月ぶりに帰国を果たし根室へ着く。だが、鎖国中の幕府は彼らを迎え入れようとはせず、小市は病死、光太夫、磯吉も上府、雉子橋外の厩舎に留置されるが、やがて松平定信のはからいで光太夫は幽閉という扱いで、迎え入れられることになるのだった。(goo映画案内より)
<データ>
「おろしや国酔夢譚」
製作:1992年 東宝
監督:佐藤純彌(さとう じゅんや)
出演:緒形拳−大黒屋光太夫
オレグ・ヤンコフスキー(Oleg Yankovsky)―ラックスマン
川谷拓三−小市
三谷昇−九右衛門
西田敏行−庄蔵
ユーリー・サローミン−ベスボロドコ伯爵
マリナ・ヴラディ(Marina Vlady)−エカテリーナ二世
江守徹−松平定信
沖田浩之−新蔵
・ 鎖国日本にあって、広大なシベリア大陸を走り抜けた日本人の冒険記を描いた井上靖原作の映画化。脚本・監督は「敦煌」の佐藤純彌。共同脚本は「必殺4 恨みはらします」の野上龍雄と「タイガースメモリアルクラブバンド ぼくと、ぼくらの夏」の神波史男。撮影は「マリアの胃袋」の長沼六男がそれぞれ担当
↓「おろしや国酔夢譚」のDVD購入

